2018年2月17日土曜日

原発輸出

 脱原発の先進国ドイツは、チェルノブイリの事故をきっかけに原発見直しを行い、1989年以降、原子力発電所は新設されていません。また、2000年6月には、政府と電力会社が全ての原子力発電所を廃止するという合意を行っています。そして、運転開始後32年を経過した原発を順次廃止する方針を決定し、実行に移しています。

 国内のエネルギー資源に乏しいイタリアは、原子力発電開発に早くから取り組み、1950年代後半にラティナ(Latina、GCR、21万kW)、ガリリアーノ(Garigliano、BWR、16万kW)、トリノ・ベルチェレッセ(Trino Vercellese、PWR、27万kW)の3基の発電炉が発注され、1965年までに営業運転を開始しました。しかし、地方自治体や環境保護団体による反対運動が強まり、原子力発電所の立地は難航していたところに、チェルノブイリ原発事故が起こり、新規の原子力発電所の建設が凍結されました。さらに、東京電力の福島原発シビア事故をきっかけに、2011年6月、原子力利用再開の是非を問う国民投票が実施され、94.15%が原子力利用再開反対票を投じ、ベルルスコーニ首相は原子力オプションを放棄しました。

 スイスでは1990年の国民投票で2000年までは原子力発電所を建設しないことが決まり、1998年には原子炉5基を閉鎖しています。直接民主制のスイスでは、国の需要案件は国民投票で決めることになっているため、原子力政策についても何度も国民投票が行われています。2016年11月には、国内にある5基の原子力発電所の運転停止時期を早めることの是非を問う国民投票が実施され、54.2%の反対多数で否決されました。しかし、翌2017年5月、スイス国内にある原子力発電所全5基を順次廃止し、再生可能エネルギーの促進と省エネを推進するとする新エネルギー法の国民投票が行われ、賛成58.2%、反対41.8%で可決されました。これにより、スイスでは2050年までに脱原発が実現する見通しとなりました

 こうして世界では脱原発の流れが大きくなりつつある中で、日本は、原発を「エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置づけ、安全性が確認されたものは再稼働をすすめるという方針を策定し、さらに、日本の原子力発電技術を輸出しようという動きを見せています。安倍首相自身がトップ・セールスとして売り込みをかけるという力の入れようです。
 この流れの中で、日立製作所がイギリスでス進める原発新設事業をめぐり、政府が全面的に資金を支援する枠組みが検討されています。

 原発輸出は、設備や部品を輸出するだけでなく、完成後の運営、保守点検を含むパッケージ型のインフラ輸出に変貌しており、巨額な投資が必要なだけでなく、事故が起こった時のリスクを含め採算が取れないと言われています。そこで政府が支援して企業としての採算性を担保しようというわけですが、私企業に国の財政を投入することのおかしさは指摘するまでもないでしょう。
 当然のことながら、原発建設予定地の住民からは反対の声が上がっており、そんな危ない原発を政府が主導して輸出しようとする動き、明らかにおかしいです。

 日立製作所は、東京電力福島原発事故後の2012年11月には、イギリスの原子力会社ホライズン・ニュークリア・パワーを買収し、イギリスの原発事業に足を踏み出しました。翌13年の株主総会では原子力からの撤退を求める意見が出さましたが、中西宏明社長が「(原子力事業を)支えるのが日立の大きな責務だ。」と答弁し反対意見を退けています。
 原子力発電業界は要求している国内の原発新増設が実現せず、原子力人材や技術が後退することに苛立ちを募らせています。そんな中で安倍首相がトップ・セールスとして売り込みに動き、さらに原発輸出に政府保証までつけようというわけですから、大歓迎であることは言うまでもありません。

 原子力の研究まで否定するものではありませんが、放射能を無害化する技術が開発されていない以上、原子力発電は安全・安心の発電方法ではありません。それは今も続く東京電力の原発事故の状況を見れば誰の目にも明らかです。一刻も早く日本政府と、原子力発電産業界が、そのことを真正面から受け止め、原子力発電からの撤退を決意することを期待しています。「我が亡き後に洪水よ来たれ!」ではなく、日本を、地球を未来に残すために、今、何をしなければならないのか真剣に考えなければならない地点に、私たちは立っているのだと思います。

2018年2月16日付 しんぶん赤旗
2018年2月17日付 しんぶん赤旗



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