緊急事態条項を巡る議論が盛んになっています。あらためて、自民党の憲法草案の規定を確認しておきたいと思います。
98条は、緊急事態宣言を出すための要件と手続きを定めています。具体的には、法律で定める緊急事態」になったら、閣議決定で「緊急事態の宣言」を出せる(98条1項)と書いてあります。また、緊急事態宣言には、事前又は事後の国会の承認が要求され(98条2項)ます。何げなく読むと、大した提案でないように見えるかもしれないが、この条文はかなり危険ですね。
まず、緊急事態の定義が法律に委ねられているため、緊急事態宣言の発動要件は極めて曖昧になっています。その上、国会承認は事後でも良いことになっていますから、手続き的な歯止めはかなり緩いと言わざるを得ません。これでは、内閣が緊急事態宣言が必要だと考えさえすれば、かなり恣意的に緊急事態宣言を出せることになってしまいます。
99条に、緊急事態宣言の効果がまとめられています。
要件・手続きがこれだけ曖昧で緩いのだから、通常ならば、それによってできることは厳しく限定しておいたほうが良いです。しかし、提案されている緊急事態宣言の効果は、かなり強大なものになっています。
第一に、緊急事態宣言中、内閣は、「法律と同一の効力を有する政令を制定」できます。つまり、国民の代表である国会の十分な議論を経ずに、国民の権利を制限したり、義務を設定したりすること、あるいは、統治に関わる法律内容を変更することが、内閣の権限でできてしまうということです。例えば、刑事訴訟法の逮捕の要件を内閣限りの判断で変えてしまったり、裁判所法を変える政令を使って、裁判所の権限を奪ったりすることもできることになります。
第二に、予算の裏付けなしに、「財政上必要な支出その他の処分」を行うことができます。通常ならば、予算の審議を通じて、国会が、行政権が適性に行使されるようチェックしています。しかし、この規定の下では、国会の監視が及ばない中で、不公平に、例えば国有地を内閣総理大臣のお友達が理事長の学校法人に、格安で売り渡すこともできてしまいます。
第三に、「地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」、つまり、地方自治を内閣の意思で制限できるということですが、これも濫用の危険が大きいといえます。
例えば、どさくさに紛れて、首相の意に沿わない自治体の長に「辞任の指示」を出すような事態も考えられます。実際、ワイマール憲法下のドイツでは、右翼的な中央政府が、緊急事態条項を使って社会党系のプロイセン政府の指導者を罷免するということが行われています。今の日本に例えると、安倍内閣が、辺野古基地問題で対立する翁長沖縄県知事を罷免するようなことが実際に行われる可能性があるということです。
第四に、緊急事態中は、基本的人権の「保障」は解除され、「尊重」に止まることになります。つまり、内閣は「人権侵害をしてはいけない」という義務から解かれ、内閣が「どうしても必要だ」と判断しさえすれば、人権侵害が許されることになります。これはかなり深刻な問題です。政府が尊重する範囲でしか報道の自由が確保されず、土地収用などの財産権侵害にも歯止めがかからなくなるかもしれません。
その危険性を正確に把握しておくことが必要ですね。
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第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
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