2017年11月7日火曜日

東日本大震災被災地 大川小学校

ここが、78人の児童のうち74名が、13名の教職員のうち10名が死亡するという被災んな津波被害の現場です。校庭の広場でどこに避難するかを議論している間に時間が過ぎてしまい、避難方針が決まって移動を始めた矢先に津波が到達して逃げ遅れることになってしまったのです。

 日本列島は西半分はユーラシアプレートの東端、東半分は北米プレートの上にのっており、北米プレートの下に太平洋プレートが沈み込む際に北米プレートを巻き込んで沈んでいき、その溜まったひずみが一気に解放されて今回の地震が起こっています。
 同じようにユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでおり、東日本同様、地殻の歪が大きくなり、いつ爆発的に解放され、東日本大震災のような巨大地震が西日本を襲ってもおかしくない状態にあります。

 今回の被災地訪問は、東日本大震災の教訓を生かして、災害に強い地域づくりにどう取り組むかのヒントを見つける旅でした。なかなか考えがまとまりませんが、多くの糸口を示してくれたと思っています。

 こうした震災の遺構を残して未来への教訓にしようという意見と、忘れたい過去を思い出させる被災建物が残っているのは耐え難いという意見とが拮抗しているようですが、この大川小学校の被災建物は残されるようです。

卒業制作の壁画が倒れてしまわずに残っていました。









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