2024年5月6日月曜日

継続雇用

 以前、定年退職後、「再雇用で残るか、辞めるか、それが問題だ」と書いた。結論的には、再雇用で残っている。積極的に残ることを選択したわけではないのだが、一つには、理事長にもう少し残るよう頼まれたこと、二つには、3月31日の定年退職日がやってくるのに辞める決断ができなかったこと、三つには、2つ目の理由に深く関わるのだが、福祉有償運送のご利用者さんから残るように懇願されたこと、4つに、私が立ち上げた事業の私の次の責任者から、何かあった時に相談できる人がいないので、ぜひ残って欲しいと頼まれたこと、などがその理由だった。

残ることにして、労働条件通知書を受け取った。契約期間の定めがある雇用契約で、契約期間は1年間、つまり1年毎に契約更新という手続きが必要で、上限年齢は68歳だそうだ。それはまあ良い。給与は時間給となり、時給は1,330円、フルタイムのパート職員というわけだ。私には、法人の経営に貢献してきたという自負があるが、その私に与えられたポジションが、フルタイムパートというわけだ。別に敬意を表してほしいというわけでもないが、こういうやり方で高いモチベーションを持って働けると考えているのだろうか?おそらく何も考えてはいない。そういうことがわからないのだ。残念感が漂うが致し方ない。

そういえば、正規職員と非正規職員の間の不合理な待遇差が禁止された。そのルールからするとおかしくないかという出来事に遭遇した。先日、年次有給休暇を時間単位で請求したのだが、「パート職員には時間単位年休は付与されない」という回答だった。フルタイムで働いているので、当然、常勤職員と同等に時間単位年休が取得できると思っていたのだが、駄目だとのこと。労働条件通知書を見直してみたが、時間単位年休は確かに「なし」とされている。これって、不合理な待遇差に該当するんじゃないかなぁと思いながら、まあ良いか、もともと時間単位年休って、年休の取得率をなんとかあげようということで始まったものなわけで、1日単位で取得すればいいだけの話だからね・・・、なになに、半日単位では取れるのか、なるほど。

あらためて労働条件通知書を眺めて、従事する業務の内容に「成年後見事業」と書かれていることに気づく。関連法人を立ち上げて、「成年後見事業」を始めよ!ということらしい。理事会で議論されたことを聞いていたら、2024年度中に成年後見事業をスタートするという方針で、業務で別法人の設立を担当できるということらしい。なかなか太っ腹だとも言えるかな。給料出してもらって別法人の準備ができるんだから言うことはない。ただし、新法人設立について、法人からは金銭的な応援はないらしいので、立ち上げにかかる費用は私が捻出しなければならないということのようだ。それもまた良い。

ちょっと問題なのは、私が、もしかしたらかみさんの実家のある京都に引っ越すかもしれないってことだ。その場合、せっかく設立した法人を残していかなければならないとすると、ちょっと残念なんだけど、持っていくっていうものまた、それはそれで難しい問題も含んでいるので、持っていくわけにもいかないか・・・、まっ、良いか、いずれにしても与えられた「仕事」として、きっちりやってから京都に行こう。そしてまた、私のことだから、京都で、新しい法人を立ち上げることになるのだろうな。

労働審判

 私の後輩が「労働審判の申立を行う」という相談にやってきた。彼女は、出産後育児休業を取得し、職場に復帰しようとしたとき、元の職場に復職できなかったというのだ。彼女は、管理栄養士で、特別養護老人ホームで働いていた。特別養護老人ホームは、高齢者の生活の場であり、当然のことながら食事の提供を含んでいる。言うまでもないことだが、高齢者にとっての食事はとても大切で、健康と直接結びついているため、とても働きがいのある仕事だ。

管理栄養士が育児休業に入ったら代替要員の配置が必要で、この特養でも派遣会社から管理栄養士を派遣してもらっている。彼女が職場に復帰することになれば、当然のことながら派遣契約を終了させて、彼女を原職復帰させるというのが正しい対応だ。

育児休業は、雇用契約を変更することなく休業する権利であり、職場復帰後も職務や勤務場所にも変更はないのが原則になる。にもかかわらずその特養の施設長は、彼女を別の施設に異動させたのだ。長く休んでいたので研修が必要だからという理由で、障がい者福祉施設に異動させられ、仕事は管理栄養士とは全く別の介護補助者として働かされることになった。百歩譲って研修が必要だったとして、管理栄養士として復帰させる前提ならば、高齢者福祉施設でこそ研修を受けさせるべきで、障がい者福祉施設で、しかも無資格でも働ける介護補助者として働かせるなどありえないことだ。

それでも彼女は元の仕事への復帰を期待して働き続けたが、一向に原職復帰の話が出ず、ついに退職することを決意したのだ。しかし、考えてみれば、本来原職復帰が当たり前の介護休業あけに、本来の管理栄養士の仕事とは似ても似つかぬ、無資格扱いするかのような仕事をさせたことには「退職に追い込む」という悪質な意図が透けて見える。

彼女の立派なところは、その施設長の悪質な意図に泣き寝入りすることなく、労働審判を申し立てる決意をしたことだ。「普通に管理栄養士として働き続けたかっただけなんです。」と彼女はいう。それを認めてくれないのはおかしいと言っているのに、「法人も施設長の肩を持って、私の願いを聞いてくれないんです。」とも・・・。そして、退職を決意したのだが、その不条理なできごとに敢然と立ち上がり、自分で申立書を作成し、労働審判を申し立てることにしたのだ。

実は、その施設長は、彼女の前にもパワハラで女性職員一人を退職に追い込んだことがあり、その退職した彼女の次の働き先を私が紹介して、今は、元気に働いているのだが、事実として、パワハラのような卑怯なやり方で職員を意のままにすることができるかのような勘違い男だということを説明するのに、申立書に私の名前を書いていいかと、わざわざ確認しに来てくれたので、労働審判に持ち込む事案について私の知るところになったというわけだ。

もともと当該施設長は私の下で働いていたこともあり、私のよく知る人物でもあるのだが、責任のとり方というものを全くわかっていないやつで、私の下にいるときに、私にしょっちゅう注意され、自分で自分の行動を改めないことを棚に上げて、私に「それパワハラじゃないですか。」と言ってきたことがある。そのときに、「こいつは駄目だな。」と見切りをつけて、法人内での居場所がなくなってしまった彼を、私の知り合いの法人に採用を頼んだという経緯がある。

書かなくても良いことだが、採用試験で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と国民の生存権を規定しているこの法律は何かと問われて、「生活保護法」と書いたのだ。「『最低限度の生活を営む権利』とあったんで、生活保護法かなと・・・。」と、試験後私に聞いてきたので、「君は、社会福祉学部で何を学んできたのだ!出題されたのは憲法25条じゃないか。社会福祉学部の卒業生で憲法25条を知らないとは・・・、しかも、卒後30年近く福祉の現場で働いてきたのではないのか!」と言ってやって、すぐに紹介した法人の採用を担当した業務執行理事に電話して、憲法25条がわからないようなやつを紹介した非礼を詫たのだった。それでも私の紹介だからということで採用してくれて、さらに、運良く施設長のポストが空いたものだから分不相応に施設長におさまってしまったのだ。

パワハラで辞めた彼女も、労働審判を申し立てた彼女も、廻り廻ってその原因は私にあるのではないか。とても他人事には思えず、何かあればいつでも力になるよと彼女に伝えて、「権利は闘うものの手の中にある」というような話をして別れたのだった。

2023年7月31日月曜日

マイナンバーカード

  マイナンバーカードの不祥事が止まらない。

 マイナンバーカードの導入の目的について、国がどう説明しているかを見る。

・国民の利便性向上
これまで、市区町村役場、税務署、社会保険事務所など複数の機関を回って書類を入手し、提出するということがありました。マイナンバー制度の導入後は、社会保障・税関系の申請時に、課税証明書などの添付書類が削減されるなど、面倒な手続が簡単になります。

・行政の効率化
マイナンバー制度の導入後は、国や地方公共団体等での手続で、個人番号の提示、申請書への記載などが求められます。国や地方公共団体の間で情報連携が始まると、これまで相当な時間がかかっていた情報の照合、転記等に要する時間・労力が大幅に削減され、手続が正確でスムーズになります。

・公正・公平な社会の実現
国民の所得状況等が把握しやすくなり、税や社会保障の負担を不当に免れることや不正受給の防止、さらに本当に困っている方へのきめ細かな支援が可能になります。

出典:マイナンバー制度とマイナンバーカード – 総務省

 もっともらしいことが書かれているが、字面だけではない本当の理由はどこにあるのか。おそらく、3つめの「国民の所得状況等が把握しやすくなり、税や社会保障の負担を不当に免れることや不正受給の防止」に活用するというところに本音があるのだろう。なぜなら、今後5年間で43兆円の軍事費を使う計画が具体化されようとしている中で、その財源をどうするのかが議論されているわけだが、日本の国民負担率の推移をみると1970(昭和45)年24.3%、1990(平成2)年38.4%、2020(令和2)年47.9%と上昇してきており、すでに国民所得の半分近くが租税負担と社会保障負担で持っていかれており、簡単に増税するということにはならない事情があるからだ。だから、軍事費をどう調達するかを考えるとき、国民の所得状況を正確に把握し、税負担を求める可能性があるところからは、さらに税金を取ってやろうと考えているとみるのが普通だろう。

 もう一つ、見ておきたい数字がある。財務省が公表している1979年度以降の税収の推移の税収の3つの柱(法人税、源泉所得税、消費税)の状況。この3つの税収で税収全体の約8割を占めているのだが、公表されている直近の数字(2021年)で見ると、3つの中の一番多いのが消費税で21.8兆円、以下、所得税21.3兆円、法人税が13.6兆円と続く。消費税が導入された1989(平成元)年の数字を見ると所得税は21.4兆円、法人税18.9兆円、消費税3.2兆円となっており、消費税収は681.3%に増え、所得税はほぼ横ばい、法人税は72.0%に減少している。消費税が法人税を下げるために使われてきたことが一目瞭然なのだ。

 企業収益の推移をみると経常利益は右肩上がりで増えているのに法人税は減り、その分消費税収が大幅に増えているわけで、国民の負担が一貫して強化されてきたことがわかる。

 防衛費の財源をどこに求めるか、普通に考えれば、法人税を強化するということになるわけだが、そうせずに消費税の引き上げとマイナンバーカードで国民の所得や資産の状況を把握し、とれるところからはさらに税負担を強化しようというのがこのマイナンバーカードの本音ではないのか。

 だから、次々にトラブルが見つかってもやめようとしない。丁寧に説明して国民の理解を得るという発言を繰り返している。丁寧に説明するというだけでは、丁寧に説明したことにはならないのだが、最近の内閣の発言を聞いていると、「丁寧に説明する」と発言すればそれで丁寧に説明したことになっているとしか思えない。それをマスコミが許しているというというところに問題があるわけだが、ジャーナリズムの問題はまた別の機会に書いてみたい。

 さて、マイナンバーカードの問題に戻ろう。「公金受け取り口座に本人以外の口座が登録されている」、「マイナ保険証に別人の情報が登録されている」、「コンビニで別人の住民票や抹消済みの住民票が発行される」、「マイナポータルで別人の年金記録が閲覧できる」、「同姓同名の別人にマイナンバーカードが交付される」・・・等々の具体的な問題が多数指摘されている。マイナンバーは特定個人情報に位置付けられていて、「個人のプライバシー等の権利利益に与える影響を予測した上で特定個人情報の漏洩その他の事態を発生させるリスクを分析し、そのようなリスクを軽減するための適切な措置を講ずる」ことが宣言されている。そのマイナンバーで先に書いたようなトラブルが続出しているのであって、入口のところで躓いているわけだ。

 このような重要な個人情報を扱うシステムは、ちゃんと動くことが確認されてから運用を開始するべきであるにもかかわらず、「発生してはならない問題が発生している」という決定的な誤りを犯してしまっている。もちろん動かして、バグを見つけて、修正していくという手法でシステムを開発する手法もあるが、個人の利益につながるシステムの開発に、この手法を採用してはならないのは言うまでもない。

 政府は、決定的な誤りを犯しているシステムを動かすことに固執し、そこに紐づけする健康保険証は来年秋には廃止すると言い続けているわけだが、誤りの上に誤りを重ねようとしているようにしか見えない。

 自らの行動を振り返り、誤りは正すという立場に立てない人に、日本という国のかじ取りを任せておくわけにはいかない。私は、そう思う。

昔の話だけど・・・

 ずいぶん前の話、そう、もう30年近い前のこと。当時は、病院・診療所は医薬分業の波に巻き込まれ、次々に、病院から薬局が外に出されるといことが進んでいた。私が勤めている病院でも薬局法人を作って医薬分業をしようということになっていた。私は、医薬分業以前に、製薬メーカーや医薬品卸と癒着している薬局それ自体が問題だと思っていた。

 当時の薬局長から直接聞いた話だが、「製薬メーカーから金を出させて、薬局のスタッフを一泊二日の京都旅行に連れて行った。」という。薬局のスタッフは6、7人いたと思うが、その新幹線代、タクシー代、宿代、土産代までメーカー(問屋だったかもしれないが・・・)に「出させてやったんや~」が自慢話で、二度目に聞いた時に、「でも、それって病院に対する背任になりませんか。」と私が指摘して以降、私には自慢話をすることはなくなった。

 他にもある。薬局長の薬学部時代の先輩が某医薬品卸の社長をしていて、そこの医薬品卸とは特別の関係で、毎月、鳥取まで魚釣りに行っていた。卸の営業担当が早朝迎えに来て、薬局長ともう一人若い釣り好きの薬剤師が釣行に参加していたと思う。出勤が早かった私は、時々、出発するところを目撃している。そして、船を仕立てて日本海で釣りを楽しみ、夕方に帰ってくる。その費用は、「卸持ち」(若い薬剤師に聞いた)だった。

 また、薬局長が、医薬分業で薬局法人を作って社長となって、病院、診療所に門前薬局を作っていったのだが、医薬品卸が、薬局法人あてに開店祝いご祝儀袋にいれて持ってきたとき、事務が受けっとったのは薬局法人の会計に入ったが、薬局長(社長)が受け取ったご祝儀袋は社長のポケットに入ったらしい。一度、何店舗目かの開店のときに、某卸が持ってきた祝儀袋を社長がポケットに突っ込むところを見たことがあった。その時は、医薬品卸会社から開店祝いのご祝儀受け取っていいのかな・・・くらいのことは考えたが、個人のポケットに入るとは思っていなかった。後から、経理の事務から「ご祝儀を持ってきた卸と、持ってこなかった卸があるんですよね。」という話を聞いて、その事実に気が付いたのだった。

 その後、医薬品流通に携わるようになったものだから、こういう、医療機関と卸やメーカーとの癒着の実際を見聞していたことは大変参考になった。この社長が懇意にしていた医薬品卸は主要卸と談合を繰り返し、医療機関への医薬品の卸価格をコントロールしていた。岡山に後から進出してきた卸などは、談合に加えてもらえず、岡山で市場を確保することに苦労していた。そこで、後発卸に「見積もりで最安値を入れたところから必ず買うからがんばって価格を出してほしい」と話をつけて、見積もり合わせを行った。結果は、もちろんその後発卸が、うちの病院グループの医薬品市場で、一番大きなシェアを手に入れることになったのはいうまでもない。

 まあ、かくいう私も、聖人君子ではないので、それなりに色々なことがあったが、私は、私腹を肥やしたことだけはない。私のことを「私腹を肥やしてきた人物」と見ている人がいることは知っているが、そう見ている人に言い訳をしたこともない。私のことをよく見てくれれば、おのずとわかることなのだと思っているからで、それでも誤解されているとすればそれも含めて私の人としてのできが悪いということであって、言い訳するようなことじゃないからね。

2023年7月7日金曜日

世界の平均気温、過去最高

  「米国立環境予測センター(NCEP)のデータによると、7月3日の世界の平均気温は摂氏17.01度と2016年8月に記録した16.92度を上回り、観測史上最も暑い日となった。」とロイターが報じた。世界中が熱波に見舞われており、米南部ではここ数週間、猛暑が続いているほか、中国でも35度を超える熱波が継続している。北米では50度近い気温が観測された。現在冬季の南極大陸でも異常な高温を記録し、ウクライナの南極観測基地であるベルナツキー基地では、最近、7月の最高気温が8.7度に更新された。

 これは、地球上に生存する人を含むすべての生態系にとって、死刑宣告に等しい。地球上のすべての国とそこに住む人たちが、力を合わせて何らかの手立てを講じないと、人類の未来はない・・・。

 戦争をしている場合ではないし、化石燃料を燃やし続けている場合でも、ましては、自国の、自社の目先の利益を優先し、温暖化の課題に対する取り組みを先送りしている場合でもないのだ。

 もちろん課題は温暖化対策だけにとどまらない。日本でいえば、東京電力がシビアアクシデントで壊れた原子炉建屋内の核燃料デブリが爆発しないよう冷やし続けるために使っている冷却水が、放射性物質をALPSで除去したあとにタンクに貯蔵されているが、そのタンクがいっぱいになるということで、根本対策も取られないまま放射性核種を含む汚染水を海洋投棄する計画が進行している。

 海は世界につながっている。日本で海に放出された放射性物質を含む汚染水は、海の大きな循環の中で、世界中に広がり、海洋資源を汚染する。それはそのまま食物連鎖の頂点にいる人に戻ってくることになる。海は広い、だからちょっとくらい海に捨てても薄まってしまうので問題ない・・・そんな安易な考えはやめたほうがいい。東京電力の利益を削る汚染水の保管タンクの増設や根本対策の一つとして提案されている汚染水のモルタル固化、そもそも汚染水が出るのを抑える広域遮水壁などまだやれることがあるのに、もっとも安上がりな海洋投棄という愚かな選択を東京電力と現政権が行おうとしている。資本主義の愚かさが極端な形で表に出た。

 しかしそうした間違った選択の先にあるのは、人類滅亡でしかない。世界の平均気温が過去最高を更新・・・おそらくこれから何度も最高記録を更新し続けるのであろう。それを手をこまねいてみているだけでは、あらゆる生態系の生存できない世界の到来を早めるだけだ。

 「自分には関係ない」「誰かがやってくれる」「何もしない自由もある」そんな愚かな考えでは、人生を全うしないうちに、生存そのものが否定される時代がやってくるかもしれないのだ。なぜそんな風に自分の問題として考えることができないのだろうか。

 一つの解は、新自由主義という愚かな経済政策の中で、国民一人ひとりが分断され、みんな自分のことで精いっぱいという社会が作られたことによる。経済界に支援される政党や政治家は、大企業の利益を守ることを優先した政策を実行している。それを如実に示すデータがある。昨年度の税収を見ると、法人税14兆9398億円、消費税23兆793億円、所得税22兆5217億円となっており、大企業がこれだけ大きな利益を上げ続けているのに、税収の主要な3本柱の中で法人税が一番少ない。そしてトップに躍り出たのが消費税だ。逆累進性の高い消費税が税収の主役に躍り出た。それはつまり、貧しい国民からの収奪が進んだことを意味している。新自由主義による競争社会と貧困化の広がりが不寛容と自分のことで精いっぱいの社会を生んだ。

 私が大学生だった1970年代後半、革新自治体潰し、労働組合運動潰しが徹底的に行われていた。東京、京都、大阪、沖縄、横浜、名古屋・・・革新自治体の転覆が企てられ、それは一つひとつ具体的に進んでいった。労働運動では、総評が解体され、闘わない連合が大きな勢力をもった。私が社会人となったころ、かろうじて4割近くあった労働組合の組織率は、闘わない連合のおかげでどんどん低下していき、今や、正規雇用の8%程度にしか過ぎない。

 かつて労働組合は民主主義の学校と呼ばれた。様々な主義主張をもった個性豊かな人たちが侃々諤々と議論し、一つの方針を決めていく過程が、まさに民主主義そのもだというわけだ。そうして組合で民主主義を学んだ労働者は、社会生活の場でも民主的な方法で地域共同体に参加した。それが地域の活動を活発にし、地域を変えようというムーブメントにつながり、革新自治体を誕生させた原動力ともなった。だから労働組合を潰し、地域での活躍の場を奪おうとした。そのために利用されたのが新自由主義だ。労働者は「勝ち組」「負け組」というわかりやすい二グループに分類され、一人ひとりが「勝ち組」をめざす競争社会に巻き込まれた結果、労働組合の組織率は下がり、労働者一人ひとりが物言わぬ経済奴隷の地位を押し付けられている。今はどうか知らないが、そのころ学習塾でも隣で学ぶ一人ひとりがライバルで、隣の彼が合格したら自分が不合格になるのだ、合格と不合格とどちらを選らぶのだと、競争に駆り立てられていった。一緒に学ぶ学友ではなく、むしろ敵とみなされ、学歴社会で生き残り勝ち組となるためには、隣席で学ぶ彼に競り勝つのだと教えられ、ともに切磋琢磨して学問研究に励むのではなく、相手を蹴落とす競争に駆り立てられていったのだ。

 団結して闘うことを忘れた者から権利は次々にはぎとられ、いつの間にやら無権利状態にさらされても、そこから抜け出すために闘うことに思いを巡らせることもできず、自身の置かれた状況の中で、ささやかな刹那的な喜びを追い求めることしかできない。まさに経済界の思うままの労働者がそこにある。低賃金で文句も言わずに働き、僅かな小銭をギャンブルにつぎ込んだり、資本主義の美名に踊らされた消費社会で物を買い続ける。その物を買う行為に消費税が課せられるようになり、3%が5%になり今や10%に増やされた。自分たちが生産したものを買うのに税金を支払わされる、そのことに疑問も抱かない。

 そんな世の中を作っておいて、「我がこと、丸ごと」の地域共生社会なんてことを国は言い始めた。国民を分断する政策が功を奏し、一人ひとりを孤立させたのは良いが、高齢化が進んで地域で助け合えばすむことがそうはいかなくなった。隣の人の苦労は、あくまで隣人の苦労であって、そこにちょっと手を差し伸べて支えてやろうというような発想ができなくなった。だからゴミ出し一つのために、わざわざケアプランを作り、ヘルパーさんを入れてごみ捨ての日にごみを出す。そんな介護保険制度ではこれからの超高齢社会を乗り切れない。だからあわてて地域共生社会なんてことを言い始めたのだが、根本的な国民の団結や連帯を放っておいて、地域共生社会なんて作れるわけがない。バラバラにした張本人が、バラバラにしてしまったことは棚に上げて、まとまれって言っているわけで、そんな号令一つでまとまれるわけがないのだ。

 いずれにしても課題が山積している。何とかしないといけないと思っている人が集まって、どうしていくのか話し合い、やれるところから手を付けていくしかない。やれることに限界はあるにしても、諦めるわけにはいかないのだから。

 何だか七夕の日に相応しくない話になってしまったなぁ・・・


2023年7月2日日曜日

手打ちうどん みのり

  岡山市中区桑野に「手打ちうどんみのり」がある。みのり農園さんがやっている手打ちうどんの店で、土曜日、日曜日の週二日のみ営業しているお店で、なかなか行きにくいうどん屋さんとして有名(?)なお店である。開店は11時で、13時30分閉店、日曜日は閉店時間が14時と30分遅いが、週にわずか5時間30分しか営業していないし、30食出たら売り切れ閉店となるので、開店時間を待って常連客が並んでいる。

 先週の土曜日、福祉有償運送の仕事で利用者さんを送った帰り、ちょっと回り道してお店の前を通ったら「営業中」の看板が出ていたので、いったん通り過ぎたのだがUターンして戻り、うどんをいただくことにした。

 メニューは「かけうどん」「ざるうどん」各800円、天婦羅が400円といたってシンプルだ。

 カウンターの粉かぶり席が空いていたのでそこに腰をおろし、暖かいうどんに野菜天婦羅をつけてもらうことにした。うどんの上に野菜の天婦羅がのって出てくると思っていたら、かけうどんとは別に大きな皿に野菜天婦羅11品が盛り付けられて出てきた。

 ズッキーニ、スティックセニョール、ナス、ニンジン、ジャガイモ、オクラ、シシトウ、ピーマン、タマネギ、インゲン、キュウリ、まず、天婦羅の種類の多さに驚いた。それにキュウリの天婦羅?とはてなマークがついたけど、おもしろ食感で意外にいけた。

 うどんにのせて食べても良いし、カウンターに塩が用意されているので、塩を振って食べてもいい。天婦羅の種類が多いので、とても全部をうどんにのせるわけにはいかないので、ナスとオクラ、ジャガイモをうどんにのせて野菜天婦羅うどんにして、他は、塩でいただいた。サクサクの天婦羅で、とてもおいしい天婦羅だった。ちょっとびっくりなのは、後から「何がいる?」とおかあさんが天婦羅をもってやってきて、追加の天婦羅をお皿にのせていくのだ。結局、15品天婦羅をいただいた。

 うどんは、コシのある歯触りの良いうどんで、そう、小麦の香りが良かった。出汁を取ったあとのコンプが細く刻まれてうどんの上にのせてあって、「昆布欲しかったら追加でのせてあげるからね~」とおかあさんから声がかかる。

 出汁は、そのコンプの旨味にカツオにイリコ、あとなんだろう・・・、おいしい出汁ですべて飲み干した。

 すっかり気に入って、翌週再訪し、今度は、野菜天婦羅ざるうどんをいただいた。ざるの上への盛り付けがちょっと雑な感じだが、かけうどんと違って、コシの強さがよくわかる。かけにはかけの、ざるにはざるのうまさがあって、大変気にいった。1200円はサラリーマンにとってちょっと高い昼餉となるが、山盛りのとても美味しい野菜天婦羅でお腹が満たされ、口福感にひたれるとなれば、週に1回くらい贅沢したくなる。そんなうどん屋だ。
 ちなみに、半玉追加はプラス150円、1玉追加はプラス300円でうどんの量を増やすことができる。

2023年6月25日日曜日

蝸牛

 毎日、スズさんと散歩している話は、前回書いた。百間川の堤防道路の町側の土手に、一本の枇杷の木が生えており、果実が食べ頃を迎えている。毎日ここを通るわけではないが、スズさんがこのルートを選んだ日は、枇杷の実を一つだけ採らせていだいて、そこで瑞々しい枇杷の実を味わっている。かみさんは他所の土地の枇杷を食べていいのか、と眉をひそめるのだが、公有地(?)に生えた枇杷の実の所有権は誰にあるのか?地域の住民みんなのものではないのか?誰にも採られることなく落果し、駄目になる実もたくさんあるのに、歩道に張り出した枝の小さな果実を、せいぜいワンシーズンに4つほどいただくことが罪に問われる気がしない。

 今日は、先客がいた。枇杷の木の葉から隣の葉に移動しようと目いっぱい伸びをしている蝸牛だ。蝸牛は移動能力はけっして高いとは言えない。山脈を乗り越えたり、乾燥地を渡るなんてことはできそうもないから、地域ごとに種分化が起こりやすい。したがって殻の模様は地域によってかなり異なり、筋の色が濃いのや殻に表れる模様や全体的な色合いなど、かなり違っている。小学生のころ、学校の先生から右巻きと左巻きの蝸牛がいるという話を聞いて、村中の蝸牛を捕って歩いたことがあって、その時に、同じ蝸牛でも見た目はかなり異なることを発見した。そして、圧倒的に右巻きの蝸牛が多く、左巻きの蝸牛はごく稀にしかいなかった。

 私は、蝸牛が好きだ。けっして早くはないが、滑らかにすべるようにゆっくりと進んでいく姿は見ていて飽きない。葉から葉へ移ろうとしている姿に見とれていたら、スズさんに引っ張られて我に返った。慌てて一枚だけ写真を撮って、「ごめん、ごめん。つい、蝸牛にみとれちゃった」となぜかスズさんに言い訳して、散歩に戻ったのだった。

 
 

2023年6月17日土曜日

スズさん

 スズさんが我が家にやってきたのはもう5年ほど前のことになる。そのころ一度ブログに書いたことがあるが、写真を載せるのは初めてである。写真を撮っている私の背後から誰かが近づいてくるのを、スズさんの大好きなかみさんではないかと覗き込んでいるのである。犬と暮らして気づいたことがある。

 意外に目は良くない。かみさんと見間違って、よその誰かさんを追いかけようとして、猛烈にダッシュすることがよくある。体重23kgのスズさんが猛ダッシュするとかなりの圧力で引っ張られることになり、ぎっくり腰になりそうだったり、リードとの摩擦で手に擦り傷ができるなんてことが起こる。良い加減に見間違えるのを止めてほしいと思うのだが、一向に改善しない。

 耳は良い。かなり遠くからでも声は聞こえるようで、良く反応する。ただし、嫌いな音も多くて、バリバリというバイクの爆音は嫌いで、遠くの方から聞こえる音でも耳をそばだてて、近づいてくるのか遠ざかっていくのか聞き分けようとしている。買い物用のポリ袋が擦れ合うカシャカシャという音も嫌い。それに太鼓の音、これは近くの公会堂で毎週木曜日の夕方、近所の子どもたちが集まって太鼓の練習をしているのだけれど、いつもはこの公会堂の前を通るコースで散歩に出かけるのだが、太鼓の音が聞こえると公会堂とは反対の方向に歩いていく。なによりも花火の音は大嫌いで、初めて花火に出くわした時には、その時リードを持っていたかみさんを猛烈な勢いで引っ張りながら逃げ出し、かみさんが必死にリードをもって走ってついていく姿がコミカルであった。この時は、かみさんと一緒に逃げ回っていたようで30分以上戻ってこなかった。

 鼻はよく利く。というか、いつもクンクンと匂いを嗅ぎまわっている。散歩に出ても、クンクンと嗅ぎまわるのに忙しくて、歩くペースは一向に上がらない。数百メートルを進むのに20分ほどかかるなんてこともしょっちゅうである。

 見ての通りの長毛犬種なので暑いのは苦手で、夏場の散歩はアスファルトが熱すぎて肉球を火傷してもいけないので、日が沈むころに散歩に出かける。家の中も暑くなるので24時間エアコンは回りっぱなしということになる。逆に寒い日は大好きで、朝は暗いうちから散歩に出、夕方も、明るいうちから散歩に行きたがる。そうはいっても仕事をしているので、スズさんの希望通りにいかない日も多いが、なんだかんだ言いながらスズさんに合わせて朝はかみさん、夕方は私がメインで散歩に連れて行っている。そのため私は毎日概ね1万歩は歩いており、ここのところの健康は、スズさんとの散歩によるところが大きい。

 自慢でもないが、今現在、特に医療の力を借りなくても、曲がりなりにも日々健康で暮らしている。もちろん、かつてアスリートのころ発症した脊椎分離症で腰痛持ちだし、左ひざの靭帯損傷があって長時間歩くと膝が重く感じ痛みもするが、仕事もスズさんの散歩もそれなりに楽しくやっている。これはもうスズさんに感謝である。

残るか、辞めるか、それが問題だ

  久しぶりにブログを更新する気になった。

 SNSはツイッターにインスタグラムがメインで、インスタグラムの投稿はフェイスブックにも表示されるようになっていて、もっぱらその二つへの投稿で何となく手いっぱいだったのだけれど、先月65歳になって役職定年を迎え施設長の任務を自ら解くことにしたので、何となく心に余裕が生まれた。140文字のツイッターならそんなに気張らなくても書けるし、インスタグラムは写真にキャプションつけてアップロードするだけだけど、ブログに少しまとまった文章を書こうとすると、テーマを考えて、何を書くか全体の構成を考えなければならない。心の余裕がないと書けない、というわけだ。

 もっかの問題意識は、来年の3月で定年を迎えるわけだが、その先をどうするかということだ。うちの事業所の就業規則(私が作ったものだが)では、65歳を迎えた年度末をもって定年とする定めとなっているのだが、本人が希望し事業所が必要とすれば再雇用で仕事を続けることができるようになっている。そこで、さてどうしよう、となる。

 私は、「生涯現役、生涯青春」を座右の銘としており、65歳で楽隠居を決め込む気は更々ない。私が残りたいと言えば、今の職場からは、おそらく残って欲しいと乞われるだろうが、法人がそれを承認するかどうか。私は、法人のやっていることに批判的だったし、その批判的な意見を比較的はっきりと発言してきた経過がある。事務局長などは、決して心よく思っていないはずなのだ。しかし、私の担当分野に強い職員が法人本部にはいないので、顔は見たくないし残って欲しくもないが他にやれる人がいないので、辞められても困ることになるかもしれない、大方、事務局長の考えているのはそんなことだろう。そんな法人の考えも透けて見える中で、私自身が残りたいかどうかだが、正直、今の法人に未来はないと思っている私がいて、私にできることは何もないのだから、次のステージに進むべきだと思う反面、今の職場である保育園に通ってくる子どもたちの顔を思い浮かべると、あと数年務めて、この子たちが小学校に進学するのを見届けてからでも遅くはないという考えが心に浮かんでくる。悩ましいところだ。

 私は、長く日本酒と付き合ってきた。単に日本酒が好きで、飲んできたということにとどまらず、日本酒を呑む様々な行事や企画を立案したり参加したりしてきた。「酒は百薬の長」という言葉ある一方で、適量を超えると害があると言われてきたが、2018年にワシントン大学医学部のエマニュエラ・ガキドウ教授のグループが中心になり、アルコールの世界への影響を調査した結果をまとめた論文が発表された。1990~2016年に発表された、195カ国からのデータが掲載された約600の治験論文を集めて分析を行った結果、僅かな飲酒でも健康にとっては「有害」という結論が導き出されたということだった。適度な飲酒はごくわずかに心臓を保護するかもしれないが、がんやその他の病気を引き起こすリスクを高めるので、そのわずかな利益も相殺されてしまうというのだ。適度な飲酒とは日本酒1合程度ということになる。それは承知の上で、それでも日本酒という日本の伝統的な酒文化はやっぱり守りたいし、日本酒という文化を守ることにつながる仕事を考えたいというのが私の本音ではある。

 それに、私の古い友人が建設業を営む会社を経営していて、細君が運営する介護事業所を所有しているのだが、その介護事業所を分社化したいので、定年したらうちにきて分社化を完成させ、新たな介護事業を企画し具体化してほしいと頼まれている。古くい友人で、色々と世話になってきたこともあるので、何とかしてやりたいという気持ちになっている。

 そうしたことが重なって、さてどうしたものかと思案しているところなのだ。「残るか、辞めるか」それが問題だ。なんだかハムレットみたいだなという考えが湧いてきて、思わず笑っている自分に気がついて、ちょっと驚いた。

 まだ時間はある。もう少し悩むことを楽しむことにする。

2022年1月15日土曜日

ソーシャルネットワーク

  私は、人並みに、インスタグラム、フェイスブック、ツイッターなどのSNSを利用している。今日やったことから、政治的な発言までそれこそ雑多な情報を書き込んでいる。昨年の衆議院議員選挙の時など、SNSの書き込みだけ見ていると、まるで政権交代が実現するかのような気分に浸っていた。しかし、ふたを開けてみれば、またもや自民党の圧勝である。そして、その後は、何とか野党共闘に成果があったかのように見せたい様々な書き込みを読んだ。

 でもね、負けは負けですよ。自民党に過半数とられてしまったんだから。そもそも二大政党制にするのだとかいいながら小選挙区制を導入された時点で将来が決まってしまった。与党が圧倒的に有利なんですよ。個よりも集団を優先する国民性、長いものには巻かれろ的な日本人的感覚がそうさせるのですよ。2割ほどの得票で過半数の議席を占めるわけだから、自民党からすればこの選挙制度はやめられない。現状を打開するためには今の選挙制度の下で政権交代を成し遂げなければならないわけですが、その難しさを痛感した選挙だったのではないでしょうかね。

 私は、今回の選挙では野党統一候補に投票しましたよ。何とかなるのではないかと本気で思ったから・・・。私の選挙区では津村さんでしたが、負けちゃいました。一度、津村さんの演説を聞きに行きましたが、私、これは勝てないなと思いました。なぜかといえば、保守が強い、自民党が強い岡山で(それは全国どこでも似たようなもんなんですけどね・・・)、自民党支持者に気を使ったのか、自民党の政策を評価する場面があったんですね。でもね、それならば津村さんじゃなくて、自民党でいいじゃないかとなるんですよ。ぼろくそにこき下ろすのはいかがなものかとは思いますが、ちゃんと正面から自民党のやってきたことを国民の目線で評価し、批判されるべき問題を抉り出して、自民党の山下さんとの違いを鮮明にするような街頭演説にするべきだったんです。そうすれば津村さんの良さが際立ったと思うんです。あの津村さんの演説では、山下さんとの違いが良くわからない。ならば山下さんに投票しておこうかということになってしまうわけです。私が選対メンバーに入っていたなら、街頭演説の原稿に手を入れたのは間違いありません。

 それぞれ負けた要因は地域ごとに違うとは思いますが、今回の選挙、勝てる可能性があっただけに、残念な選挙戦にしてしまったなぁというのが私の印象でした。

 話は元に戻ってSNSの話ですが、ツイッターにしろフェイスブックにしろ、同じような価値観の人をフォローし、友達になっているので、その間では、まるで政権交代が確実に起こるような意見の交換が行われるわけです。言いたいことを言って、「良いね」ってしてもらって良い気分なわけです。でもそこはバーチャルな世界であって、現実の私たちが生きて活動している社会ではない。何となく精神的な満足感に浸ってしまうので、開票結果を見たときのギャップの大きさに驚くわけです。いい加減にこういうの止めないといけないと思うんですね。

 私自身も、インターネット時代の選挙の在り方云々といった議論にのってしまって、ネットで一生懸命つぶやきました。でももう止めます。私は、私の活動しているフィールド(社会福祉の現場)で、国民の利益のために働き、利用者の権利を守ることにこだわって、行政に働きかけ、対応できるサービスが無ければ仕事をおこしたりしながら、権利としての社会福祉を守り発展させていく努力を続ける・・・それしかないなというのが結論です。もちろん政治を動かすことも必要なわけだけど、与党だとか野党だとかではなく、この問題を解決してくれる政治家は誰なのかというスタンスで動いていこうと思っているんです。それが自民党の政治家でも良いじゃないかという考え方です。そうやって現実にある福祉課題を政治の仕組みも整備しながら解決していく・・・それが私の今考える世の中の作り方です。

 政治は政治家にまかせる。政治家は上手く使う。自民党の政治家でも、国民の立場で活躍してくれる政治家に育てる。そんな視点が必要なのでしょうね。

2019年9月15日日曜日

統一地方選挙

 今年は、四年に一度のオリンピック・・・ならぬ統一地方選挙の年。加えて、夏には参議院選挙がある。さらに、もしかしたら衆参同日選挙になるのではないかというような話まで出ているようなので、まさに選挙イヤーである。
 興味深い選挙がいくつかあったが、私が一番関心を持っていたのは、他でもない衆議院沖縄三区である。自民党・安倍総理が推した島尻安伊子(元沖縄・北方担当大臣)氏と玉城知事が支援した元沖縄タイムス論説委員の屋良朝博氏の一騎打ちだ。なんせ元沖縄担当大臣なのだから安倍内閣総力を挙げて選挙戦を勝利し、普天間基地の辺野古移設への国民の信を得たことにしたかったに違いない。ところが今回も、辺野古移設反対が賛成を上回る結果となったのだ。辺野古移設反対の立場ながら支援した公明県本部の幹部は「辺野古で譲歩したことに有権者が厳しい審判を下したと受け止めている」と述べたとのことだが、何度も突き付けられる辺野古移設反対の沖縄の声を自民党・安倍内閣はきちんと受け止めなければならない。

 そしてもう一つが大阪府知事・大阪市長の選挙だ。大阪維新の会の松井代表が大阪知事を辞めて大阪市長に立候補し、同じく維新の大阪市長・吉村洋文氏が市長を辞めて大阪府知事選挙に立候補するという前代未聞の珍事がおこったのだ。否決された大阪都構想を再び蒸し返そうというわけだから、私には喜劇を通り越して悲劇にしか見えなかったのだが、驚くことに、吉村博文大阪府知事が誕生し、松井一郎大阪市長が生まれた。まさに悲劇への幕開けとなった。何でそうなった?良く分からないので、しばらく考えてみたい。

 私は、投票率が50%を下回るほど低かったから云々というような話はひとまず置いておき、それぞれの選挙区で有権者である民衆が、何故この結果を選んだのかということを考えてみなければならないと思っている。構成員の強固な組織で選挙戦を勝利する公明党、企業や地縁・血縁を支持基盤として選挙を闘う自民党、少数精鋭の党員を中心に組織戦を繰り広げる日本共産党・・・選挙というと何となくそんな風に見てきたような気がするが、この二つの選挙結果はそれでは説明がつかない。

 また、衆議院議員大阪12区でも維新の藤田文武さんが自民党公認候補を破って当選を果たし、野党統一候補と位置付けられて、いい勝負をするのではないかと思っていた宮本たけし氏が大きく差をつけられて4位という結果に驚いた人が多かった。勿論私も驚いた一人だった。

 これらの選挙から何がわかるのか・・・私の考えを整理しておきたいと思って書き始めたのだが、ずいぶん長いこと放っておいた結果、もう何を書こうとしていたのか忘れてしまった。続きはまたの機会にということで、いったん書き終えたことにしたい。

2019年3月9日土曜日

キーワードは協働化

 介護業界に身を置いていて私が考えていることは、インフラの整備から協働化へとシフトチェンジが求められているということだ。高齢者人口が増加を続ける局面では、特別養護老人ホームに入居を希望する人が供給をはるかに上回り、年単位で順番を待たなければならないというような問題が発生した。もちろんこれは、2000年に特別養護老人ホームへの入所を措置から契約に変更しておいたので、「待機者問題」ですんだわけで、措置制度のままだったら措置入所の先がないなどという事態は許されなかった。その意味では、公的責任を追及される前に、措置制度から契約制度に変えておこうという作戦は、見事にその役割を果たすことができたといえる。
 そしてさらに2015年に国がやったことは、それまで要介護認定されれば特養に入居可能だったものを、施設サービスは中重度者向けのサービスにするのだという理屈をつけて、要介護1、2の高齢者を施設サービスから締め出すことだった。この結果、いわゆる「待機者問題」はほぼ解消することができた。
 しかし、それでもまだこれからも高齢者人口は増え続ける。ではどうすればいいのか・・・。私の意見は、ありあまる日本の住宅を活用して、地域包括ケアシステムがいうところの住まいの問題を解決してしまえばいいということだ。国が借り上げるなり、買い取るなりして、高齢者の標準的な住まいを国が現物給付する仕組みを作る。もちろん、バリアフリー化するなどひと手間加えなければならないわけだが、それを公共事業でやればいい。世界の脱ダム化の動きに逆らってダムをつくったり、東京と大阪を地下鉄でつなぐようなリニア新幹線のような大型公共投資を見直して、こうした地域包括ケアシステムの基盤となる住まいの整備を公共事業でやるのだと考えれば、そんなに難しい話ではない。
 こうしてユニバーサルデザインの標準的な住まいを高齢者に現物給付する仕組みをつくれば、施設整備に係る予算は削減できるので、あとはその「我が家」での暮らしを支えるサービスを確保すればいいということになる。
 地域で暮らすということは、用水路の清掃、地域の祭り、昔からの伝統行事への参加など、それぞれの地域での役割、関係性が維持されなければならない。そこで、一人暮らし高齢者や高齢者のみ世帯には生活相談員を配置し、そうした地域行事への参加を含め、暮し丸ごとコーディネイトする。「電球が切れた」「水道が水漏れした」「ゴミ出しができない」「ペットの散歩ができなくなった」「お盆の前に墓掃除したい」「料理はできるが買い物に行けない」そうした暮らしの困りごとから、介護サービスの受け取り手になるのをできるだけ先延ばしするフレイル対策、介護が必要になった時の介護サービスの利用まで、それこそ暮し丸ごとどんなことにも対応する窓口として生活相談員がいて、そこを起点にしてあらゆるサービスが提供される。そうすれば、施設は必要ない。もちろん、効率を考えると施設に収容するというのは一つの選択肢として残すとしても、入所したらそこが終の棲家になるというような場ではなく、昔、農閑期に一定の期間湯治に行ったりしたようなイメージで、一定期間施設をうまく活用し、また地域に帰るという一時的な滞在場所にするべきだ。
 生活相談員がネットワークのハブの役割を果たし、そこから様々なサービスにネットワークがつながり、必要な時に、必要なだけ、必要なサービスが届くようになれば、地域にある我が家で暮らすことは不可能ではない。むしろその方が高齢者にとっては幸せというものだ。

 厚生労働省が地域包括ケアシステムで「我が事丸ごと」の地域共生社会づくりというようなことを言い始めているが、これまで見てきたことはまさに我が事丸ごとの地域共生社会の一つの在り方だ。

 いずれにしても、社会福祉法人や地域福祉を担うNPOや協同組合、ボランティア組織などがネットワークでつながり、協働して地域の高齢者一人ひとりを支援する仕組みをつくることが今後の課題となっている。これからの地域福祉を考えるときのキーワードは『協働化』だといっていい。

 ところが、社会福祉法人の多くは、そうした将来をみすえた事業活動に手が出せずにいる。なぜか?マンパワー不足に追われ、そこまで考えることができなくなっているように見える。しかし、それでは駄目なんだなぁ。そんなときだからこそ未来を見据えた長期戦略を持つことが必要なんだということに気づけなければ、残念なながらその法人に未来はないとい言っても良い。

2019年2月18日月曜日

社会福祉法人制度改革

 3年前に法改正があって、社会福祉法人制度改革が始まった。国が何をやろうとしているのかといえば、社会保障費が増大する中で、安上がりな社会福祉制度をめざそうとしていることは間違いない。国が描いているのは例えばこんなことだろう。

 全国に2万以上ある社会福祉法人のうち約4割は介護保険制度がスタートして以降につくられており、一法人一施設という小さな法人も多い。こうした小さな法人は経営基盤が不安定なため、介護報酬引き下げですぐに赤字体質に転落してしまう。
 経営基盤を安定させるためには、小さな法人が合併して事業規模を拡大させることが一つの方法となる。あるいは、「ある社会福祉法人は障がい者向けの福祉サービスで発展してきて、最近特別養護老人ホームの事業を開始したが、どうも高齢者向け事業の経験不足で、特養の赤字が続いており、法人全体の足を引っ張っている。」という場合に、特養を他の法人に事業譲渡し、障がい者福祉に特化することで、経営の安定化を図ると同時に、赤字だった特養を高齢者福祉で成長してきた法人に譲渡することで、お荷物だった特養が新しい発展の可能性を手に入れることができる・・・といった具合だ。加えて、社会福祉法人が営利事業を行うことについて、障害が取り除かれ、営利事業をかなり幅広くやれるようになった。これから先、社会福祉法人と営利法人の合併などということも実現するようになるのかもしれない。
 合併や事業譲渡などで経営の規模拡大を目指すとして、どこまで大きくなればいいのかという問題があるが、まずは10億円を超える事業規模を目指すことになる。なぜ10億円かといえば、社会福祉法人制度改革で、一定の規模を超える社会福祉法人に会計監査人による監査を義務付け、ガバナンスの強化、財務規律の強化を図ることとされ、その一定の規模が10億円以上とされたのだ。
 また、合併で10億円以上の事業規模まで大きくなれない法人については、いくつかの法人が集まって協働化するべきだと言われている。要するに、10億円の事業規模をめざして合併しろ、それが無理でも少なくともいくつかの法人が集まってグループを作り、協働するグループで10億円以上を目指しなさい。そして、適当な時期に、そのグループで一つにまとまりなさいと言っているわけだ。

 また、社会福祉事業で形成された内部留保について社会福祉事業に再投資することが求められることになった。長い歴史のある社会福祉法人では、内部の蓄積がかなりの額にのぼっていたり、介護保険制度以降に発足した社会福祉法人では、社会福祉法人でありながら営利法人のように運営されていたりと、税金が投入されている社会福祉事業で内部留保のためこみの実態が明らかになったり、経営者にその利益が還元される仕組みが作られていたりと、不適切な状態が生まれていた。余剰資産をため込むのではなく、自らの法人の事業整備に活用する部分を除いて地域福祉の向上のために計画的に使いなさい。自らその計画を作成し、提出しなさいということになったのだ。そして、そういう活動を地域住民に公開し、地域住民から意見を聞いて、地域要望に応える福祉事業に取り組むことが求められている。
 社会保障財源が膨らんでいくので、社会福祉法人が内部に蓄積してきた資産を、地域福祉のために活用し、社会保障財源の伸びをできるだけ抑えようというわけだ。

 さらに、法人としての意思決定機関として、評議員会と理事会があり、実態としてその性格が必ずしも明確に分かれていなかったが、法人の重要な意思決定は評議員会で行い、理事会は評議員会が決めた方針の執行機関として業務執行のための意思決定を行う機関ということになった。評議員会が決定機関、理事会が執行機関ということに整理しようということになったわけだ。これまで年に1回、株主総会のように開催されていた評議員会が、四半期に一度くらいは開催しないと決定機関としての役割は果たせなくなるということだ。評議員会、理事会で決定できる事項については法律で定められているが、あらためて、法人の決裁規程を整備し、理事会が担うこと、評議員会の役割を明文化しておくことが求められている。

 そしてこうした社会福祉法人制度改革に対応できな法人については社会福祉事業から退席してもらおうというわけだ。ただ単に施設を閉めて去ってもらうのではサービスが不足することにつながるので、合併や事業譲渡をやりやすくして、退席してもらいたい法人から、国が考える優良な社会福祉法人に事業主体を移して、不適切な法人運営をしてきた社会福祉法人の経営者に去ってもらおうということで、文字通りの意味で「退席」という表現を使っているのであろう。

 こうした社会福祉法人制度改革の意図を考えている社会福祉法人の経営者がどれだけいるのだろう。相変わらず旧態依然とした個人事業主のような理事長(あるいは業務執行理事)がいる法人の姿を見て、そんな疑問を感じている今日この頃なのだ。もちろん社会福祉法人制度改革に真面目に取り組んでいる法人があることも知っているが、そうではないところとの温度差が非常に大きいと感じている。

2019年2月4日月曜日

ノートパソコンが壊れた

 ノートパソコンが突然いうことを聞かなくなった。これまでも起動する度にバッテリーの性能が落ちているというメッセージが出ていて、近いうちにバッテリーパックの交換が必要になるのだろうと思ってはいたのだが、突然その時はやってきた。4、5日前の朝、ノートパソコンの電源スイッチを押したのだが、うんともすんとも言わない。いつもらな緑のLEDが点滅したり、ハードディスクが回転する音が聞こえたりするのに、その日に限って、全くの無反応なのだった。
 愛機は、私が東京の単身赴任を終えて、岡山に帰ることを決めた年に買ったものだから、もう使い始めて6年目になる。東京で機器の調達を担当していた私は、いろんなメーカーと付き合いがあって、このノートパソコンも、私の勤務先に出入りしていた富士通の担当者から購入したものだ。確か10万円程で買ったものだが、ぼちぼちガタが来る頃だ。
 まずはメッセージが出ていたバッテリーがあやしいと見当をつけて、電池パックを買うことにしたのだが、意外に高価なものなのだということに気がついた。インターネットの通販サイトで調べると、12千円前後と、本体価格の10分の1以上の値がついていた。
 話は少し脱線するが、私はこれまでかみさんから小遣いをもらうという生活はしたことがない。私の稼ぎの中から毎月かみさんに決まった額を渡していた。その他に私のクレジットカードの家族カードを作ってかみさんに渡し、必要ならそのカードで買い物などをしてもらっていたのだが、サラリーマン生活を辞め、失業手当をもらい、その後自営業をちょっとだけ経験し、再びサラリーをもらって生活するようになるという過程で、無収入の時を経てかみさんから小遣いをもらって、それで生活するということになった。世のサラリーマン諸兄がどのくらいの小遣いをもらっているのか知らなかったが、かみさんは「みんな3万円だ」と云い、私の小遣いも3万円ということになった。
 その3万円の小遣いの中から1万円余の電池パックを買うということになると、少々高い買い物だ・・・というわけで、サードパーティー製のものを買うことにした。それでも4,500円ほどのしたのだけれど、純正品と比べればはるかに経済的だ。その電池パックが郵パックで届いていたので、早速ノートパソコンに装着してみると、五日ぶりに、無事にノートパソコンが復活した。そんなわけで、復活したノートパソコンで、このブログを書いているのだ。
 ところでかみさんの平均3万円説で決定した私の小遣いだが、ちょっと調べてみると、サラリーマンの小遣いの平均は37,873円なのだそうだ。私の小遣いは平均よりもちょっと少ないわけだ。しかし、昼飯は職場で提供される食事を利用すれば、給料天引きとなるので、特段何も買うものがなかったり、飲み会がなかったりすれば、お金を使う場がないのもまた事実で、今のところそれで困ることもないので、まあ良しとしよう。
 そのうちもっと稼げるようになったら、我が家の春闘を闘ってみたいとも思うのだが、その時に、あの難敵を落とすことができるのか、全く自信がない。

2019年1月17日木曜日

犬との生活

 ずいぶん長いことブログを書かなかった。一言でいえば、多忙だったのである。フェイスブックやツイッター、インスタグラムもやっていて、そちらは時々投稿しているのだが、ブログは、ちょっとまとまった文章を書くというイメージなので、ついついフェイスブックに逃げていたといえなくもない。
 そんなくだならいことを書こうと思っていたのではなく、この間の私の暮らしにおこった変化について書こうとしているのだ。

 タイトルにある通り、2018年8月末から犬を飼っている。もちろん雑種だ。血統書付の犬を大枚はたいて買うなどということはできない。子どもの頃から犬を飼っていた。何頭も飼ってきたが、一度たりと犬を買ったことはない。どこかで子犬が産まれたという話を聞くと、出掛けて行ってそのうちの一頭を貰って来て飼うのが普通だった。隣の家と1kmほども離れた山の中の一軒家だったので、子どもの頃、犬は放し飼いにしていた。何時の頃からか放し飼いはだめということになって、繋ぐようになったが、それでも朝夕の散歩に連れて行くということもなく、30分ほど放してやって、呼べば餌を食べに戻ってきたので、餌を食べている間にリードに繋いだのだった。
 犬といえば番犬と決まっていたので、見慣れない人が来たら吠える犬が重宝された。ある意味で野性を残している犬が良い犬だった。犬とのつきあい方も人が威張っていたし、犬の方もそれが面白くなくって、いやいや言うことは聞いてもいざとなれば逃げだそうという素振りを見せて、それを餌で繋ぎとめておくという感じで、微妙なバランスの上に人と犬の関係が構築されていた。

 大学の5年間と社会人になって最初の家を買うまでの5年、都合10年程、寮とアパートで暮らしたが、それを除けば一戸建てに住んでいたので、犬は基本的に番犬で、庭で飼っていた。僕と犬の間には常に一定の距離があった。前妻と離婚して、アパート暮らしに戻って、当然のことながら犬は飼えなくなった。ところが7年前に再婚し、3年前にペット可マンションを買って、かみさんが犬を飼いたいと言い出した。「ラブラドール・レトリーバーが良い」などというので、調べてみて驚いた。子犬が数十万円の値を付けているではないか。かみさんは「イギリス産のラブラドールは少し小柄で飼いやすいのだ。」などというのだが、何と50万円もするのだ。一度も犬を買ったことが無い私には衝撃的な出来事だった。
 飼えなくなって放置されたペットたちの問題がテレビで取り上げられていたのを思い出して、インターネットで調べてみると、飼えなくなって捨てられた犬が保護されたり、その保護された野犬が子犬を生んだりして、保健所や、動物愛護センターで里親探しが行われているのを知った。もしかしたらそこにラブラドール・レトリーバーの里親募集が行われているかもしれないと思い、時間があればインターネットで調べて、ラブラドールの里親募集に応募してみたこともあるのだが、縁がなかったようでなかなか決まらなかった。そんなときに岡山県動物愛護財団を知り、そこで、保護犬の譲渡会が定期的に開かれていることを知った。そこで、僕と妻は愛護センターを尋ねてみることにした。そして、数カ月にわたって日曜日ごとに(とまではいかないが)愛護センター通いがはじまった。マンションのペット規程は「中型犬まで」、「体高50cm程度」という条件が付されている。その条件を満たしながら出来るだけ大きな犬を探し、1カ月近く成長を見続けながら、僕と妻は、まだまだ暑い8月の終わり頃、保護犬の里親となったのだった。

 これまで僕と犬との間には距離があったが、マンションで犬を飼いはじめて最初の戸惑いは、犬との関係がすごく近いということだった。同居するということは否が応でもお互いに譲り合わないとうまく暮らしていけないということを初めて知った。
 最初は、あっちこっちにシッコはするし、ウンチもする。僕は、介護の現場で人のウンチやシッコを見慣れているので、犬のシッコやウンチの片付けは全然平気なのだが、かみさんはもしかしたら出来ないのではないかと思っていた。しかし、僕の予想を裏切り、かみさんは意外に平気でシッコやウンチの片付けをやっていた。
 それでも床の上にシッコやウンチを漏らされると、いい加減にトイレシートでシッコしてくれと叫びたくなり、トイレトレーニングなんて出来るのかと不安が大きくなっていたのだが、案ずるより産むが易しで、犬がそのうえでシッコしたくなる臭いのついたトイレシートなどという便利な物があって、その力も借りて、いつの間にかトイレシートでシッコが出来るようになった。
 ウンチもトイレシートの上で出来るようになったのだが、ウンチをする時に背中を丸めて力んで動き回るので、なかなかトイレシートの中におさまらない。それにウンチを食うという暴挙にでるので、これには閉口した。野生の犬は自分よりも大きな肉食獣、つまり犬を食いに来る動物から子どもを守るために、子犬の糞を食べてしまう習慣があるのだという。そういう本能的な行為なので、食糞はなかなか治らないといわれたが、成長するにつけ、シッコとウンチの間隔が開いていき、月齢6カ月頃には、基本的に朝晩の散歩時に、還暦を迎えた僕よりもはるかに立派なウンチをひねり出し、シッコをした。外でウンチをすれば私か妻が回収してしまうので、自分のウンチを食べるという行為はできなくなった。しかし、なぜか他の何かのウンチを叢から発見して咥えて喜んでいる。それも産出されたばかりのそれではなく、数日が経過して水分が抜けたような奴を叢から引っ張りでしてくるのだ。一緒に散歩している僕が、スズよりも早くスズが好きそうなウンチを見つけて咥えないようにコントロールするのが一番で、これに関してはかみさんよりも僕の方が上手い。

 歯が生え変わる頃、いろんなものを噛んだ。綿の入ったおもちゃを妻が買って来ては与えるのだが、まずタグが犠牲になる。小さく出っ張ったタグを粘り強く噛み続け、数日で噛み切ってしまう。そうすると、そこから解れていき、今度は、中の綿を引っ張り出すのだ。数週間もすれば、中身がすっかり引っ張り出されて、ボロボロ、ヘロヘロ、フニャフニャになった布の残骸だけが残る。
 最悪だったのは、壁を噛み始めた時だ。壁の角のところを噛んで壁紙を大きく引き剥がしてしまったものだから、接着剤を買って来て、壁の修復を試みた。あまり上手に貼れなかったけれど、また剥がされる可能性があるので、僕の、下手な補修ですませているので、家の壁はフランケンシュタインみたいになっている。もちろん、ただ手をこまねいて見ていたわけではなく、噛む場所に椅子を置いて、防御するといった工夫をしてみたのだが、これが意外に効果があって、それ以後、壁を噛むことをしなくなった。
 長野で大型犬を飼っている古い友人の西村さんが、犬は噛みたいんだから、骨を与えるのが良いよとアドバイスしてくれた。骨を齧らせると他の物を噛まなくなるというので、試してみたのだが、これはなかなか良いアイデアだった。牛の肋骨、鹿の足の骨、羊の足の骨などを与えてきた。歯が生えかわってからは噛む力がますます強くなり、骨をガシガシと噛み砕き、食べてしまうものだから、骨一本を一カ月足らずで食べてしまう。
 備前市では鹿が増えてしまって、鹿を罠を仕掛けて駆除しているのだが、その猟師からもらった肉を毎年おすそ分けしてもらっている。先日、わざわざ備前から届けていただいたのだが、その時に、骨が欲しいとお願いした。犬に齧らせる骨を自分で作ってみようと思い立ったのだ。骨を解体して、肉が多少ついていても気にせず、天日干しにして、干し肉ならぬ干し骨を作り、日持ちするようにしておいて、犬にあげようというわけだ。いつ届くか分からぬ野生の鹿又は猪の骨を首を長くして待っているところなのだ。

 骨で気づいたことがもう一つある。鶏の骨は縦に割れるので犬が飲込むと消化器を傷つけることがあるからやってはいけないという説の誤りだ。犬にも個性があるので、みんながみんな同じだとはいわないが、飲み込める大きさに噛み砕くまでガリガリ、パキパキ噛み続け、それから飲込んでいるし、それでも飲み込みが悪ければ口から出して知らぬ顔をしている。家では素足派の僕の足に、時々、その放っておかれた骨の食べ残しが刺さって痛い思いをするのだが、鶏の骨を与えても問題ないのではないかという思いが強くなった。それに、散歩の時に野鳥を追う姿を見ていると、鳥を狩ろうとしていることは間違いなく、繋がれているので成功しないけれど、捕まえれば間違いなく鳥を食っているわけだから、鶏骨をやってはいけない説は誤りに違いないと思い始めたのだ。
 そこで、手羽先を買ってきて、圧力鍋で10分ほど過熱して与えてみた。観察していると骨が縦に割けるというより普通に横に割れてるし、犬の噛む圧力の前に、ほとんど無力化して細かく噛み砕かれている。そして、予想通り、薄っぺらい小片は飲み込まずに吐き出している。
 次に、手羽元を炊いて肉は僕の酒の肴となり、残った骨をやってみた。手羽先よりも太い骨だが、全く問題なく平らげている。手羽先の骨同様に、小片となっても飲込みにくい骨片は無理して飲込まずに吐き出しているのを見て、鶏の骨はやってはいけない説は誤りだと確信したのだった。

 犬は、匂いを嗅ぐ。何を隠そう僕も実は匂いフェチで、発酵臭が大好きなのだが、犬はとくかく匂いを嗅ぐ。家の中の匂いは嗅ぎつくしたのか、せいぜい僕が帰ると足の臭いを嗅ぐぐらいだが、散歩に出ると、それはもうしつこいくらい匂いを嗅ぐ。犬にとって匂いを嗅ぐというのはどういう意味があるのだろう?
 人は主に視覚によって自分の周りに危険がないとか、ここにはこんな店ができたんだとか、自分のいる環境を確認することが多い。もちろん、音や、臭い、皮膚からも環境の情報は入ってくるが、メインとなるのはやはり視覚からの情報だろう。犬の場合は、どうやらそれが嗅覚と聴覚、中でもやはり嗅覚がメインなのだろうと思う。地面の匂いを嗅いでいる愛犬の姿を見ていると、匂いを嗅ぎながら色んなことを考えているのだろうことは想像に難くない。そして、地面の下に何かを見つけた時には、前足と鼻を使って土を掘り返さないと気が済まない。最初のうちは犬のそんな気持ちが分からなくて、臭い嗅ぎを中断させることもあったが、今は、基本的には気が済むまで匂いを嗅がせている。匂いを嗅ぐ行動は、餌となる小動物、例えばウサギなんかが土の下に巣をつくり、地下に通路を築いているのを見つけ出して、ウサギを狩るという食い物を探すという本能に由来するものだったりするわけで、その匂いを嗅ぐ行動を制限することは、これ以上ないくらいストレスになるに違いない。交尾期に相手を探すのも、雄犬の匂いを嗅いで、健康でたくましい、自分のパートナーに相応しい相手かどうかを判別しているのだろう。飼い主の皮膚癌を匂いの変化で気がついた犬の話をテレビで見たことがあるが、健康な雄犬を嗅ぎ分けてきた歴史がそんな犬の能力を作り上げてきたのだと思う。
 そんなわけで愛犬には自由に匂いを嗅がせているのだ。そして、どうしても時間がない時には、説得するのだ。犬だって人間同様、妥協することを覚える。だから、「もう帰るぞ!」と声をかけると、「仕方ないなぁ。まだ情報不足だけど、まあ、帰ってやるか。」とばかりに、我が家への歩みを速めてくれたりするのだ。もちろん、全くいうことを聞いてくれない時も多々あるんだけどね。

 こんな具合に、犬が私の生活に割り込んできた。というか、むしろ私の生活が犬を中心に回り始めたと言ってもいいくらいだ。朝の散歩はかみさんの出番だ。5時頃から散歩に出かけるので、私には到底無理で、散歩から帰ってくる6時頃に起きだして、戻ってきたスズの足を洗う係を引き受けている。そして朝飯をスズと一緒にすませ、仕事に行く。昼休みの1時間の間に家に戻りスズに餌をやって仕事に戻る。仕事が終わると概ね週の半分は残業をせずに帰って、犬と一緒に散歩に行く。週末は時間があればドッグランに行って、スズに広いスペースを自由に走り回ってもらう。こうした犬中心の暮らしは、ひとえにかみさんの考え方に由来するものだが、こうした暮らしが続いてくると、60年の歴史の中で今が一番犬のことがわかるようになっていることに気づかされる。今までは犬は番犬として飼いならそうと考えていたが、今では、犬は家族の一員となった。相手もたぶん私のことを認めてくれていると思うが、お互いに妥協するところは妥協して、かなりの部分はスズに譲って、私たちの暮らしが成り立っている。もちろんまだまだだけど、これからの暮らしの中で、もっと犬を知り、犬と分かり合えるようになる自信はある。犬との生活が、私に、日々の暮らしの新しい楽しさを教えてくれた。スズに感謝である。

2018年8月17日金曜日

腸管出血性大腸菌に感染する

 腸管出血性大腸菌感染症を発症した。その経験をまとめておく。

8月12日
 21時頃 やけにガスが溜まり、腹が張る。何度も放屁する。
 22時頃 ガスが溜まり腹が張るだけでなく腸がグルグル、キュルキュル動く
 23時頃 軽い腹痛を伴うようになり、最初のトイレ。下痢が始まる。
  3度ほどトイレに通い、手持ちの整腸薬を飲み、腹の張と腹痛を感じながら就寝

8月13日 朝食におにぎり。それ以降絶食。
 6時頃 腹痛が強く、目が覚め、トイレに直行する。激しい下痢。整腸薬服用。
  ※ 30分~60分に1度くらいトイレに通う。

 9時頃 下痢後、洋式便所の水がワインのような赤に染まる。血性の下痢が始まる。
  ※ 何度も血性の下痢があり病院受診の必要を実感する。

 11時頃 岡山協立病院を受診(杉村先生) 36.7℃ 採血、補液の点滴、整腸薬

 問診では、この1週間ほどの食事について聞かれる。四日前に、職員の懇親会で焼肉を食べに行っており、杉村先生の説は、その焼肉ではないかとのことだったが、確証があるわけではない。
 痔主であることを告げたため、人生初めてのジギタール。どうやら痔の出血ではなく、やはり腸からの出血だ。腹部を触れられるとお腹の右側、縦のラインに痛みがある。「腸が腫れている」とのこと。結腸全体が腫れているようだが、上向結腸であろう右腹部の縦方向に痛みのラインがある。
 「細菌性腸炎ですね。抗菌薬は症状を悪化させることもあるので、整腸剤を処方しますので、様子を見てください。下痢で体内の水分が出てしまうので、水分補給をしっかりやってください。今日は点滴をしておきましょう。血液検査、便検査もやっておきましょう。」
 ※ 受診後帰宅。毎食後整腸薬を服用。腹痛と血性の下痢が続く。トイレ回数10回以上。

8月14日 熱感があり体温を測るが36.8℃と平熱より少し高い程度。水分補給のみでは力が出ないので、24時間ぶりにおにぎりを食べる。持続的な腹痛、周期的に強い腹痛がやってくる。食べていないこともあり、今日は、ほぼ血液がそのまま出ているのではと思えるような濃赤色の水様便がでる。今日は、大腸全体が痛いし、自分で触っても固く腫れている。

 15時頃、遅い昼食。素麺、ヒジキの炊いたの、金平ごぼう少々。食べたのが良かったのか、自然治癒力が攻勢に転じたのか、腹痛が多少和らいだような気がする。食欲も出てくる。今日のトイレ回数12回。

8月15日 血性の下痢が続いているが、仕事で面談が入っており出勤。断続的に腹痛がやってくるが昨日ほど痛みは強くない。水様便から泥状便に変化。今日から、食事は平常通り。腹部をおさえると大腸が腫れて痛みがあるのは変わらず。
 16時頃 杉村先生から電話。「便検査で腸管出血性大腸菌が検出されました。」症状を問われ経過を報告。「軽快に向かっているようなのでそう心配しなくても良いけど、ベロ毒素で腎機能障害がおこることがあるので、明日、受診してください。」
 拙い、出勤しなければよかったかと思ったが、すでに出勤してしまっている。どうしようと思ったが、スタッフに感染させてもいけないので、「私が触れたところを消毒してください。」と言い残して帰宅。途中、法人本部に連絡。

 熱感が続いているが、体温は36.6℃。周期的な腹痛はあるものの、痛みと痛みの間はずいぶん楽になった。トイレ回数8回。

8月16日 泥状の血液混じりの便が続く。岡山協立病院の杉村先生受診。診察の前に採血。血液検査の結果は、出血しているので貧血気味ではあるが、不安だった腎機能は問題なし。「指定伝染病なので保健所に報告することになる。保健所から問い合わせがあるから応えてください。」と杉村先生。病院から帰宅途中に保健所から電話あり、保健所に行くことになる。

 保健所では経過を聞かれ、食べたもののチェックを受け、勤務制限、家のトイレや洗面所などの消毒、職場のトイレの消毒、かみさんの便検査の勧告が出された。

 あらためて施設に電話し、トレイを次亜塩素酸水で消毒すること、懇親会に参加した職員に同じような症状の職員がいないか確認するよう指示する。

 下痢が治まって、二日続けて便検査でO-157が検出されなければ勤務制限が解除されるとのこと。来週半ばまでは出勤できそうにない。自分の触診でも大腸の腫れは続いており、押えると結構痛い。周期的にキリキリと痛みがやってくる。トイレ回数8回。

8月17日 軟便、肉眼的出血はなくなったが、まだ断続的に腹痛があり、完全復調にはもう少し時間が必要だ。大腸の腫れは治まっているようで固さを感じなくなったが、圧痛はある。周期的な腹痛もなくなってはいないが、痛みは軽い。トイレ回数5回(小便回数含まず)。小便でトイレに行くことがなかったが、本日、久しぶりに小便目的でトイレに行った。
 町内のOさんと暑気払いの予定だったが、さすがに延期させていただいた。

8月18日 朝から来週の祭りの準備。軟便4回。ガスが溜って腹部膨満感あり、下腹部圧痛あるも、周期的な痛みはほぼなくなったかな。

8月19日 下腹部の圧痛は治まるが、まだガスが溜まり、放屁ばかりしている。その他腹部症状はなくなり、ほぼ寛解した。明日から二日連続検便で、菌(-)ならば業務制限が解除される。

8月20日、21日と検便提出。

 O-157、ニュースで時々感染が報道されるが、あまり実感がないまま過ごしてきた。それが今回自分が感染することになったので、少々、驚き、いまさらながらに他人ごとではなかったのだと思い知ることになった。
 牛肉、豚肉からの感染だけでなく、最近では野菜などからも検出されているそうで、保健所ではこの二週間ほどの間に食べた物の確認作業が行われた。
 思い起こせば、O-157の名前を有名にしたのは1996年邑久町の学校給食でO-157床中毒事件が起こり、マスコミがそれを報道したことでO-157という名前が認知されるようになった。当時、常在菌である大腸菌から細菌兵器を開発しようとして作り出されたのがO-157だという細菌兵器説がまことしやかに囁かれたのを思い出したが、すぐに無くなったところを見ると単なる巷間流説であったのだろう。

 下痢、しかも血性の下痢をみると驚くし、それだけで悪い病気に罹ったような気になるが、病と闘う自然治癒力は持っておきたい。そのためにどうするか、食生活や定期的な有酸素運動など普段の暮らしを見直し、病原菌に対抗できる体力を維持・増進したいものだ。病気は、普段の暮らしを見直すきっかけにもなるので、必ずしも悪いことばかりではないなと思っている。

2018年7月25日水曜日

大飯原発をとめろ

2018年7月8日付 しんぶん赤旗

  関西電力・大飯原発の運転差し止めを求めた住民訴訟で、名古屋高裁は原発の稼働差し止めを認めた一審判決を取消しました。

 あらためて、福井地裁の判決がどのようなものだったのかを振り返っておきたいと思います。以下は、メールマガジン「オルタ広場」からの引用です。
1.人格権
 人格権は憲法上の権利、人の生命を基礎とする。わが国の法制下でこれを超える価値を見いだすことはできない。

2.福島原発事故
 原子力委員会委員長は福島第1原発から250キロ圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討し、チェルノブイリ事故でも同様の規模に及んだ。
 ウクライナ、ベラルーシで今も避難が続く事実は、放射性物質のもたらす健康被害についての楽観的な見方、避難区域は最小限のもので足りるという見解の正当性に重大な疑問を投げかける。250キロは緊急時に想定された数字だが過大と判断できない。

3.本件原発に求められる安全性
(1)原子力発電所に求められる安全性
 原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然である。
 原子力技術の危険性の本質、そのもたらす被害の大きさは福島原発事故により、十分に明らかになった。このような事態を招く具体的な危険性が万が一でもあるのかが判断の対象である。福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しい。

(2)原子炉等規制法に基づく審査との関係
 4の考えは、人格権と条理によって導かれる。原子炉等規制法などの行政法規のあり方、内容によって左右されない。新規制基準の対象となっている事項についても、基準への適合性や規制委員会による基準適合性審査の適否という観点からではなく、3(1)の理にもとづいて裁判所の判断が及ぼされるべきである。

4 原子力発電所の特性
 原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大で、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならない。その間、何時間か電源が失われるだけで事故につながり、事故は時の経過に従って拡大する。これは原子力発電に内在する本質的な危険である。施設の損傷に結びつく地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込めるという三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。福島原発事故では冷やすことができず放射性物質が外部に放出された。本件原発には地震の際の冷やす機能、閉じ込める構造に次の欠陥がある。

5 冷却機能の維持
(1)ストレステストのクリフエッジを超える可能性を認めた。
 1260ガルを超える地震では冷却システムが崩壊し、メルトダウンに結びつくことは被告も認めている。ストレステストの基準とされた1260ガルを超える地震も起こりうると判断した。わが国の地震学会は大規模な地震の発生を一度も予知できていない。
 地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ない、地震は太古の昔から存在するが、正確な記録は近時のものに限られ、頼るべき過去のデーターはきわめて限られていることを指摘した。

(2)700ガルを超えて1260ガルに至らない地震について、過酷事故につながる危険がある。

① 被告は、700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震への対応策があり、大事故に至らないと主張する。被告はイベントツリーを策定してその対策をとれば安全としているが、イベントツリーによる対策が有効であることは論証されていない。
 事態が深刻であるほど、混乱と焦燥の中で従業員に適切、迅速な措置を取ることは求めることができない。地震は従業員が少なくなる夜も昼と同じ確率で起き、人員の数や指揮命令系統の中心の所長がいるかいないかが大きな意味を持つことは明白だ。
 また対応策を取るには、どんな事態が起きているか把握することが前提だが、その把握は困難だ。福島原発事故でも地震がどんな損傷をもたらしたかの確定には至っていない。現場に立ち入ることができず、原因は確定できない可能性が高い。
 仮にいかなる事態が起きているか把握できたとしても、全交流電源喪失から炉心損傷開始までは5時間余りで、そこからメルトダウン開始まで2時間もないなど残された時間は限られている。
 地震で複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり、故障したりすることも当然考えられ、防御設備が複数あることは安全性を大きく高めるものではない。 原発に通ずる道路は限られ、施設外部からの支援も期待できない。

② (基準地震動の信頼性)
 従来と同様の手法によって策定された基準地震動では、これを超える地震動が発生する危険があるとし、とりわけ、4つの原発に5回にわたり想定した基準地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実を重視した。このような誤りが重ねられた理由は学術的に解明されるべきだが、裁判所が立ち入る必要はない。
 これらの事例は「地震という自然の前における人間の能力の見解を示すもの」というほかない。基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しである。

③(安全余裕について)
 被告は安全余裕があり基準地震動を超えても重要な設備の安全は確保できるとしたが、判決は、基準を超えれば設備の安全は確保できない、とした。過去に基準地震動を超えても耐えられた例があるとしても、今後基準を超えたときに施設が損傷しないことを根拠づけるものではない。

(3)700ガルを超えない地震について
 地震における外部電源の喪失や主給水の遮断が、700ガルを超えない基準地震動以下の地震動によって生じ得ることに争いがない。しかし、外部電源と主給水が同時に失われれば、限られた手段が効を奏さなければ大事故となる。
 補助給水には限界があり、㈰主蒸気逃し弁による熱放出、㈪充てん系によるホウ酸の添加、㈫余熱除去系による冷却のうち、一つでも失敗すれば、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展する。
主給水系が安全上重要でないという被告の主張は理解に苦しむ。

6 閉じ込め機能(使用済み核燃料の危険性)
 使用済み核燃料は原子炉格納容器の外の建屋内にある使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれている。本数は千本を超えるが、プールから放射性物質が漏れた時、敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。
 福島原発事故で、4号機のプールに納められた使用済み核燃料が危機的状態に陥り、この危険性ゆえ避難計画が検討された。原子力委員会委員長の被害想定で、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのはプールからの放射能汚染だ。使用済み核燃料は外部からの不測の事態に対し、堅固に防御を固めて初めて万全の措置といえる。
 大飯原発では、全交流電源喪失から3日たたずしてプールの冠水状態を維持できなくなる危機的状況に陥る。そのようなものが、堅固な設備に閉じ込められないまま、むき出しに近い状態になっている。国民の安全が優先されるべきであるとの見識に立たず、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている。

7 本件原発の現在の安全性
 人格権を放射性物質の危険から守るとの観点からみると、安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しの下に初めて成り立つ脆弱(ぜいじゃく)なものと認めざるを得ない。

8 原告らのその余の主張
 さまざまな違法理由や環境権に基づく主張、高レベル放射性廃棄物の問題などについては、判断の必要がない。幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について裁判所に判断する資格が与えられているか、疑問である。

9 被告のその余の主張について
 被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の損失だ。
 被告は、原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが、福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染であり、原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。

 この判決は、東京電力福一原発のシビアアクシデントを真正面から見据えた判決として優れた判決だったと思います。その判決をひっくり返したのが、名古屋高裁金沢支部の今回の判決でした。許しがたいのは、内藤裁判長が原発の廃止・禁止について「判断は司法の役割を超え……」と司法としての判断をしなかったことです。司法の役割を自ら放棄し、住民の権利を奪う判決を出したことは、司法にとって自殺行為でしょう。非常に残念です。

2018年7月14日土曜日

大地震の危険性急上昇

2018年6月27日付 しんぶん赤旗

 政府の地震調査委員会は、6月26日に2018年版全国地震動予測地図を公表しました。それによると今後30年以内に震度6以上の揺れが起こる確率は、昨年12月公表の千島海溝沿い巨大地震の長期評価を受け、北海道東部で大幅に上昇しています。また、南海トラフ地震の発生が近づいていると予測される関東から四国の太平洋側は微増が続きました。

 この赤いゾーンにどれだけの原発があるのか、恐ろしくてただちに全原発を廃炉にしたくなるのは私だけではないと思います。

 どうみても地震対策が進んでいる余には見えないところが多く、そういう意味でも、国のお金の使い方は間違っているという思いを強くします。日本の軍事費はついに5兆円を突破しました。10兆円まで増やすという意見もあるようですが、朝鮮半島の脅威がなくなろうとしている今、軍事費に財政を投入する必要性は格段に低くなったと思います。軍事費を大きく削って、この大地震が発生する確率の高い赤いゾーンの地震対策に思い切って国の財政を投入して、地震や津波による被害を最小限に抑えるための備えをするべきです。

 それこそが国民の願いであり、国民の願いにこたえることが政治の第一義的な使命ではないでしょうか。もっとも、今の安倍内閣にそれができるのかといえば、どうみてもできそうもないという、国民にとっては深刻な事態が進行しているということではありますが・・・。

2018年6月9日土曜日

台風の速度低下

2018年6月7日付 しんぶん赤旗

 台風やハリケーンなど発達した熱帯低気圧の速度がこの70年ほどの間に大幅に低下していることがわかりました。台風の移動速度が遅い場合、台風のルート上にある地域の降水量が増加することになり、水害の発生や強風によって大きな被害を生むことにつながります。
 アメリカ海洋大気局(NOAA)で天候の研究を行っているジェームズ・コーシン博士が、7日付の科学誌「ネイチャー」に発表したもの。研究チームによると、地球上の熱帯低気圧の移動速度が1949年~2016年にかけて約10%減速しているとのことです。

 コーシン氏らの研究チームは、熱帯低気圧の移動速度が低下している理由について、地球の気候変動が原因であると指摘します。実際、地球温暖化の影響により極の大気が暖かくなっており、熱帯との気圧差が徐々に小さくなってきています。この結果、熱帯から極に向かって流れる風が弱まり、熱帯低気圧の移動速度を減速させているということです。
 また、温暖化によって大気が暖かくなることは、空気中に含まれる水分量も多くなることを意味しており、雨量の増加にもつながります。このため、熱帯低気圧が10%遅くなるだけであっても、実際の雨量は2倍に増える可能性があるとしています。

 このブログでは、温暖化関連の記事を見つけるたびに取り上げていますが、その頻度が増えており、しかも影響の表れ方は、単に天候の変化にとどまらず、漁業や農業への影響をはじめ、人々の暮らしに直接影響を与えるようになっています。「我が亡き後に洪水よ来たれ」という資本主義の利潤追求一本やりのやり方では、地球と人類の共生関係が維持できなくなりつつあることに、もう気がつかないといけません。そうでなければ人類はこの地上で生きていけない状況に追い込まれてしまう、そんな危機感を感じている私なのでした。

東電柏崎刈羽原発 液状化の恐れ

2018年6月6日付 しんぶん赤旗

 原子力規制委員会は12月27日、東京電力柏崎刈羽原子力発電所6、7号機(新潟県)の安全審査の合格証にあたる「審査書」を正式決定しました。東電福島第1原発事故後に定められた新規制基準に、東電の原発が合格したのは初めてのことです。また、福島第1原発と同じ沸騰水型の合格も震災後初となります。

 再稼働には地元同意などの手続きが残っており、まさに今、新潟県知事選挙が闘われているが、この結果によっては再稼働を許すことになってしまうわけです。

 ところが、今年2月になって、東京電力は、6、7号機の重要施設であるフィルターベントの基礎やガスタービン発電機の基礎、さらに原子炉の冷却水のための水を取り込む取水路が地震時の液状化で損傷する可能性があるとして、補強工事を行う方針を発表しました。特に、フィルターベントは重大事故が起きた時に、原子炉格納容器の圧力を逃がすための設備で、機能を失えば深刻な事態につながります(下図参照)。

出典:原子力規制委員会

 原子力規制委員会の更田委員長は、5月の定例会見で「許可前の審査会合の資料ですでに液状化については触れられ、液状化の可能性があれば対策を取ります、とある。」と述べ、許可後にわかったことではないと説明し、問題はないとしています。
 しかし、それで良いのでしょうか?再稼働を認める判断として、フィルターベントの基礎が地震による液状化で問題が生ずる可能性があることを知っていて、安全審査に合格を出しているわけです。これでは杜撰な審査だと批判されても仕方ないでしょう。
 フィルターベントが機能しないと深刻な事故につながることは、福島第一原発で経験済みなわけですから、同じ過ちにつながる可能性があることを把握した以上、いったん安全審査に合格とした判断を撤回し、少なくとも、液状化対策が済んで問題ないことが確認できるまで、安全という判断をするべきではありません。
 そもそも原子力発電所の再稼働ありきの安全審査となっていることが問題です。安全審査に合格を出すのならば、専門家や住民から疑問や批判が出ない程度にまで詳細に検討するという姿勢を見せなければ、再稼働反対の意見もある中での原発の再稼働は、そう簡単なことではないはずです。

 だからこそ、今争われている新潟県知事選挙で、きっぱりと原子力発電所の再稼働に反対する池田ちかこ候補に頑張ってもらわないといけません。