2016年12月19日月曜日

シシ垣でつくる堀越くらしの輪プロジェクト

瀬戸内国際芸術祭2016

 しし垣とは、害獣の進入を防ぐ目的で山と農地との間に石や土などで築いた垣のことです。西日本に多く見られ、イノシシが少ない北海道や東北地方のものは知られていません。漢字では「猪鹿垣」と書きます。
 小豆島には随所にシシ垣の遺構が残っており、その密度の高さも日本随一だと言われています。これはそのシシ垣の遺構の石垣と、小豆島に自生する竹を使った現代のシシ垣を、古谷さんと早稲田大学の古谷研究室の学生さんが作ったもの。

 シシ垣を吹き抜ける風が気持ちよかった!




2016年12月16日金曜日

小豆島散歩

小豆島をぶらぶら歩いてみた。瀬戸芸2016の作品も良かったけど、なにげに用意されているこんな休憩スペースもいい感じだよね。
野鶏頭
花が好き・・こんな風に自由に上をめざしている花たちを見つけると何だか嬉しくなるよ・・
こちらは姫蔓蕎麦、ヒマラヤ原産らしいよ。
これも道端に咲いている小さな花・・肉眼で見るよりもこんな風にクローズアップすると細かな様子もはっきり見えてきて、何だか不思議な景色だね・・
こちらはヤノベケンジさんと、ビートたけしさんの手形・・意外に手が小さいんだね・・
芸術作品・・小豆島独特の猪鹿垣・・ちょっと近代的だね!

2016年12月13日火曜日

肥土山の舞台


 瀬戸内芸術祭の作品を見に行って、わらアートの近くにある農村歌舞伎舞台に足を伸ばしてみた。といっても、ほんの5分程歩いただけだけどね。
 
 毎年10月の第二日曜日に歌舞伎が上演されているそうで、下の写真の緩やかな階段状の桟敷席に陣取って、お酒を酌み交わしながら歌舞伎を楽しむのだとか。機会があれば、上演当日にまた来てみたいねぇ。



ノーベル文学賞

ボブ・ディランさんのスピーチ

文学に新たな可能性が広がった・・


2016年12月6日火曜日

ワーキングプア

しんぶん赤旗にこんな記事があった。

『大企業で働いても貧困』
資本金10億円以上の大企業で、一年を通じて働いても年収200万円以下の働く貧困層が急増している。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、資本金10億円以上の企業からの給与者で年収200万円以下の人が2012年の117万人から、15年の140万人(1.2倍)に急増したという。個人企業、その他を含む全ての事業所ではほぼ横ばいなのに、大企業だけが突出して伸びている。

背景にあるのは大企業における非正規雇用の急増!12年の149万人から15年の195万人と1.3倍に増加。しかも正規雇用と非正規雇用の賃金格差が大企業ほど多いという。

こういうことをなんとかしないと、日本経済を浮上させる鍵を握る個人消費を温めることなどできはしないのだ。

2016年12月4日日曜日

年金

 今、年金制度改革が国会審議の中心テーマの一つになっている。

 年金って、個人の暮らしにとっては、定年後の唯一の財源ですよね。高額な退職金をもらって辞めた人にとってはそうではないかもしれないけれど、普通の人は退職したってそんなに大きな退職金をもらうわけではないですから、多くは、年金が唯一の暮らしの財源となっているわけです。

 「気になる年金受給額」という頁を見つけたのでリンクをはっておくけど、これみると国民年金で満額もらえる人で65,008円となってます。これを更に下げようと言う議論がされているわけですが、「おかしいんちゃうか」と思わざるを得ないわけですよ。
 何故か?標準生計費というのを岡山県・岡山市で試算しています。これは「平成21年の『全国消費実態調査』(総務省)等により、平成25年4 月の費目別標準生計費をもとに算定」したとされているんだけど、これを見ると一人暮らしで月169,850円生計費が必要ですよと言っているわけです。国民年金の満額と比べると10万円以上も差があるんですね。

 私が言いたいのは、実際に、岡山市で暮らしていくのに、これくらいかかってますよという標準生計費とこんなに差がある国民年金の水準を認めていいのかということです。国民年金だけをもらっている人が約3千万人、厚生年金をもらっている人が約15百万人で、年金受給者の6割以上は国民年金のみなんですね。平均受給額を見ると約5万円、その年金額で、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障されるのですか!?とお聴きしたいです。

 国会議員の報酬を見ると、衆参両院議長が月歳費218万円、国会議員で130万円と出ています。国際的にも最も高い報酬をもらっているのが日本だという話も聴きますが、自分たちは世界最高水準の報酬を手にしながら、標準生計費にも満たないわずか月65千円の国民年金を更に削ろうという議論をしているんですね。当然、この年金では暮らしていけないので、働いたり、資産を処分したり、仕送りをしてもらったり、それができなければ生活保護を受給することになり、65歳以上の高齢者の保護率は2.76%と年々少しずつ増加しているわけです。

 高度経済成長期を支え、バブル経済を乗り切って、今の社会の礎を作ってきた高齢者に敬意を表すどころかそのわずかな年金からわずかな金をむしり取っていこうとする・・年金改革は、そんな高齢者いじめにしか見えないんですよね。今の「年金制度の見直し論議は、憲法違反だ!」と私は主張しますよ。

 それからね、今、年金制度を改革しないと年金制度が持続できない。だから世代間の公平を確保し、将来世代の基礎年金の水準を確保する観点から、賃金が名目でも実質でも下がった場合に賃金の変化に会わせて年金額を改定(引き下げ)するよう見直しを行うのだと説明していますが、私は、そうではなくて年金の運用を担当するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、「基本ポートフォリオ(資産構成)は国債60%、日本株12%、外国債11%、外国株12%」から「日本株25%、外国株25%にまで高め、国債を35%まで下げる」ことにした結果、マスコミでも取り上げられたように21兆円ともいわれる運用損失を出してしまった。その損失を自分の責任は棚上げにして、年金受給者に負担を転嫁しようとしているってことなんじゃないのかなぁ・・と思えるんです。もちろんこの資産構成の変更はアベノミクスが打ち出した2013年の「日本再興戦略」があって、そこに「日本経済への貢献」という観点から「公的・準公的資金の運用等の在り方の検討」が盛り込まれたことに端を発するわけだから、ようするに安倍首相が決めたことですよ。その結果株式の運用損で年金財源が何兆円という単位で消えていったんですよね。
 その背景にはさ、アベノミクスが成功したように見せるために、株高を演出する必要があった。だから、GPIFに株を買わせて、株が値上がりしたように見せたかったというような事情があったんでしょう。日本経済が成長しているように見せようとしてもさ、実体経済がともなわないのに、見せかけだけの株高を演出したって意味がないのにね。なんという浅はかなアイデアなんでしょう・・私にはそんな風にしか見えないんだけど・・

空気を読めない

 空気を読めない人・・KuukiのKとYomenaiのYでKYと言ったりしますが、そんな人が多いと思うんですよ。何でだろうといろいろと考えたんですが、2014年の文化庁の「国語に関する世論調査」(16歳以上の男女3,000人を対象にアンケートを実施)によると、「1か月に3冊以上本を読む」と応えた人は17.9%、「読書量は減っている」と考えている人が65.1%にのぼるという。しかも、「1冊も読まない」人が47.5%に達するということです。
 私は、こうした事態とKYな人の増加には因果関係があると思っているのですね。

 本を読むことで例えば主人公の体験を我が身に起こったことのように経験することができます。もちろん、そこには我が身に起こったらどうなるかということを想像できる力が必要ですが、本を読むことでその想像力が鍛えられ、自分の体験のように具体的に思い描くことができるようになります。そうした経験が、相手の気持ちを想像できることを可能にし、「その場の空気が読めるようになる」ことにつながると思うんです。

 ところが冒頭に書いたように、本を読まない人が半数もいるわけで、これでは想像力の欠如がおこり、相手の気持ちを慮って対話したり対応したりできなくなるのが当たり前だと思うのですね。
 しかも、この本を読まない傾向は、若い人に限ったことではなく、全ての年代で起こっているということです。
 加えて、老若男女を問わずスマートフォンを持ち、ラインやメールやSNSで簡単につながるくせに、ちょっとしたことで簡単に関係が断たれていく…そんな様子を見ていて思うのは、デジタルな世界の言葉の使い方がおかしいんじゃないかということです。
 独特の言葉が使われていて私なんかは何を言っているのかわからないこともありますが、言葉が非常にストレートですね。含みのある言葉は使われず、「良いか、悪いか」、「好きか、嫌いか」といった二者択一的な言葉が交わされている。
 小説を読むときには行間を読む・・文章には書かれていない筆者の真意を汲み取る、なんてことができるとより面白く小説を読めるようになるわけですが、デジタルな世界ではそんなことは全く考慮に入らないわけですね。だから、些細なことで簡単に関係を断ってしまおうということになるわけですが、今のデジタルな関係では、例えば、友達の登録を削除してしまえば、いとも簡単に関係を絶ってしまうことができてしまうわけです。
 こうした薄っぺらい人間関係が、仮想空間の中で構築されていき、それが実世界の人間関係に照射され、実世界の人間関係をも脆弱なものにしていく。そんな風に私の眼には映りますね。その希薄な人間関係により、今にも壊れそうに微妙なバランスで成り立っているのが今の日本社会じゃないのかなぁ。そして政権与党はそれを上手く利用して、国民を支配する仕組みを作り出している。いつまでたっても野党はそれに敵わない・・残念だけどね。