ずいぶん長いことブログを書かなかった。一言でいえば、多忙だったのである。フェイスブックやツイッター、インスタグラムもやっていて、そちらは時々投稿しているのだが、ブログは、ちょっとまとまった文章を書くというイメージなので、ついついフェイスブックに逃げていたといえなくもない。
そんなくだならいことを書こうと思っていたのではなく、この間の私の暮らしにおこった変化について書こうとしているのだ。
タイトルにある通り、2018年8月末から犬を飼っている。もちろん雑種だ。血統書付の犬を大枚はたいて買うなどということはできない。子どもの頃から犬を飼っていた。何頭も飼ってきたが、一度たりと犬を買ったことはない。どこかで子犬が産まれたという話を聞くと、出掛けて行ってそのうちの一頭を貰って来て飼うのが普通だった。隣の家と1kmほども離れた山の中の一軒家だったので、子どもの頃、犬は放し飼いにしていた。何時の頃からか放し飼いはだめということになって、繋ぐようになったが、それでも朝夕の散歩に連れて行くということもなく、30分ほど放してやって、呼べば餌を食べに戻ってきたので、餌を食べている間にリードに繋いだのだった。
犬といえば番犬と決まっていたので、見慣れない人が来たら吠える犬が重宝された。ある意味で野性を残している犬が良い犬だった。犬とのつきあい方も人が威張っていたし、犬の方もそれが面白くなくって、いやいや言うことは聞いてもいざとなれば逃げだそうという素振りを見せて、それを餌で繋ぎとめておくという感じで、微妙なバランスの上に人と犬の関係が構築されていた。
大学の5年間と社会人になって最初の家を買うまでの5年、都合10年程、寮とアパートで暮らしたが、それを除けば一戸建てに住んでいたので、犬は基本的に番犬で、庭で飼っていた。僕と犬の間には常に一定の距離があった。前妻と離婚して、アパート暮らしに戻って、当然のことながら犬は飼えなくなった。ところが7年前に再婚し、3年前にペット可マンションを買って、かみさんが犬を飼いたいと言い出した。「ラブラドール・レトリーバーが良い」などというので、調べてみて驚いた。子犬が数十万円の値を付けているではないか。かみさんは「イギリス産のラブラドールは少し小柄で飼いやすいのだ。」などというのだが、何と50万円もするのだ。一度も犬を買ったことが無い私には衝撃的な出来事だった。
飼えなくなって放置されたペットたちの問題がテレビで取り上げられていたのを思い出して、インターネットで調べてみると、飼えなくなって捨てられた犬が保護されたり、その保護された野犬が子犬を生んだりして、保健所や、動物愛護センターで里親探しが行われているのを知った。もしかしたらそこにラブラドール・レトリーバーの里親募集が行われているかもしれないと思い、時間があればインターネットで調べて、ラブラドールの里親募集に応募してみたこともあるのだが、縁がなかったようでなかなか決まらなかった。そんなときに岡山県動物愛護財団を知り、そこで、保護犬の譲渡会が定期的に開かれていることを知った。そこで、僕と妻は愛護センターを尋ねてみることにした。そして、数カ月にわたって日曜日ごとに(とまではいかないが)愛護センター通いがはじまった。マンションのペット規程は「中型犬まで」、「体高50cm程度」という条件が付されている。その条件を満たしながら出来るだけ大きな犬を探し、1カ月近く成長を見続けながら、僕と妻は、まだまだ暑い8月の終わり頃、保護犬の里親となったのだった。
これまで僕と犬との間には距離があったが、マンションで犬を飼いはじめて最初の戸惑いは、犬との関係がすごく近いということだった。同居するということは否が応でもお互いに譲り合わないとうまく暮らしていけないということを初めて知った。
最初は、あっちこっちにシッコはするし、ウンチもする。僕は、介護の現場で人のウンチやシッコを見慣れているので、犬のシッコやウンチの片付けは全然平気なのだが、かみさんはもしかしたら出来ないのではないかと思っていた。しかし、僕の予想を裏切り、かみさんは意外に平気でシッコやウンチの片付けをやっていた。
それでも床の上にシッコやウンチを漏らされると、いい加減にトイレシートでシッコしてくれと叫びたくなり、トイレトレーニングなんて出来るのかと不安が大きくなっていたのだが、案ずるより産むが易しで、犬がそのうえでシッコしたくなる臭いのついたトイレシートなどという便利な物があって、その力も借りて、いつの間にかトイレシートでシッコが出来るようになった。
ウンチもトイレシートの上で出来るようになったのだが、ウンチをする時に背中を丸めて力んで動き回るので、なかなかトイレシートの中におさまらない。それにウンチを食うという暴挙にでるので、これには閉口した。野生の犬は自分よりも大きな肉食獣、つまり犬を食いに来る動物から子どもを守るために、子犬の糞を食べてしまう習慣があるのだという。そういう本能的な行為なので、食糞はなかなか治らないといわれたが、成長するにつけ、シッコとウンチの間隔が開いていき、月齢6カ月頃には、基本的に朝晩の散歩時に、還暦を迎えた僕よりもはるかに立派なウンチをひねり出し、シッコをした。外でウンチをすれば私か妻が回収してしまうので、自分のウンチを食べるという行為はできなくなった。しかし、なぜか他の何かのウンチを叢から発見して咥えて喜んでいる。それも産出されたばかりのそれではなく、数日が経過して水分が抜けたような奴を叢から引っ張りでしてくるのだ。一緒に散歩している僕が、スズよりも早くスズが好きそうなウンチを見つけて咥えないようにコントロールするのが一番で、これに関してはかみさんよりも僕の方が上手い。
歯が生え変わる頃、いろんなものを噛んだ。綿の入ったおもちゃを妻が買って来ては与えるのだが、まずタグが犠牲になる。小さく出っ張ったタグを粘り強く噛み続け、数日で噛み切ってしまう。そうすると、そこから解れていき、今度は、中の綿を引っ張り出すのだ。数週間もすれば、中身がすっかり引っ張り出されて、ボロボロ、ヘロヘロ、フニャフニャになった布の残骸だけが残る。
最悪だったのは、壁を噛み始めた時だ。壁の角のところを噛んで壁紙を大きく引き剥がしてしまったものだから、接着剤を買って来て、壁の修復を試みた。あまり上手に貼れなかったけれど、また剥がされる可能性があるので、僕の、下手な補修ですませているので、家の壁はフランケンシュタインみたいになっている。もちろん、ただ手をこまねいて見ていたわけではなく、噛む場所に椅子を置いて、防御するといった工夫をしてみたのだが、これが意外に効果があって、それ以後、壁を噛むことをしなくなった。
長野で大型犬を飼っている古い友人の西村さんが、犬は噛みたいんだから、骨を与えるのが良いよとアドバイスしてくれた。骨を齧らせると他の物を噛まなくなるというので、試してみたのだが、これはなかなか良いアイデアだった。牛の肋骨、鹿の足の骨、羊の足の骨などを与えてきた。歯が生えかわってからは噛む力がますます強くなり、骨をガシガシと噛み砕き、食べてしまうものだから、骨一本を一カ月足らずで食べてしまう。
備前市では鹿が増えてしまって、鹿を罠を仕掛けて駆除しているのだが、その猟師からもらった肉を毎年おすそ分けしてもらっている。先日、わざわざ備前から届けていただいたのだが、その時に、骨が欲しいとお願いした。犬に齧らせる骨を自分で作ってみようと思い立ったのだ。骨を解体して、肉が多少ついていても気にせず、天日干しにして、干し肉ならぬ干し骨を作り、日持ちするようにしておいて、犬にあげようというわけだ。いつ届くか分からぬ野生の鹿又は猪の骨を首を長くして待っているところなのだ。
骨で気づいたことがもう一つある。鶏の骨は縦に割れるので犬が飲込むと消化器を傷つけることがあるからやってはいけないという説の誤りだ。犬にも個性があるので、みんながみんな同じだとはいわないが、飲み込める大きさに噛み砕くまでガリガリ、パキパキ噛み続け、それから飲込んでいるし、それでも飲み込みが悪ければ口から出して知らぬ顔をしている。家では素足派の僕の足に、時々、その放っておかれた骨の食べ残しが刺さって痛い思いをするのだが、鶏の骨を与えても問題ないのではないかという思いが強くなった。それに、散歩の時に野鳥を追う姿を見ていると、鳥を狩ろうとしていることは間違いなく、繋がれているので成功しないけれど、捕まえれば間違いなく鳥を食っているわけだから、鶏骨をやってはいけない説は誤りに違いないと思い始めたのだ。
そこで、手羽先を買ってきて、圧力鍋で10分ほど過熱して与えてみた。観察していると骨が縦に割けるというより普通に横に割れてるし、犬の噛む圧力の前に、ほとんど無力化して細かく噛み砕かれている。そして、予想通り、薄っぺらい小片は飲み込まずに吐き出している。
次に、手羽元を炊いて肉は僕の酒の肴となり、残った骨をやってみた。手羽先よりも太い骨だが、全く問題なく平らげている。手羽先の骨同様に、小片となっても飲込みにくい骨片は無理して飲込まずに吐き出しているのを見て、鶏の骨はやってはいけない説は誤りだと確信したのだった。
犬は、匂いを嗅ぐ。何を隠そう僕も実は匂いフェチで、発酵臭が大好きなのだが、犬はとくかく匂いを嗅ぐ。家の中の匂いは嗅ぎつくしたのか、せいぜい僕が帰ると足の臭いを嗅ぐぐらいだが、散歩に出ると、それはもうしつこいくらい匂いを嗅ぐ。犬にとって匂いを嗅ぐというのはどういう意味があるのだろう?
人は主に視覚によって自分の周りに危険がないとか、ここにはこんな店ができたんだとか、自分のいる環境を確認することが多い。もちろん、音や、臭い、皮膚からも環境の情報は入ってくるが、メインとなるのはやはり視覚からの情報だろう。犬の場合は、どうやらそれが嗅覚と聴覚、中でもやはり嗅覚がメインなのだろうと思う。地面の匂いを嗅いでいる愛犬の姿を見ていると、匂いを嗅ぎながら色んなことを考えているのだろうことは想像に難くない。そして、地面の下に何かを見つけた時には、前足と鼻を使って土を掘り返さないと気が済まない。最初のうちは犬のそんな気持ちが分からなくて、臭い嗅ぎを中断させることもあったが、今は、基本的には気が済むまで匂いを嗅がせている。匂いを嗅ぐ行動は、餌となる小動物、例えばウサギなんかが土の下に巣をつくり、地下に通路を築いているのを見つけ出して、ウサギを狩るという食い物を探すという本能に由来するものだったりするわけで、その匂いを嗅ぐ行動を制限することは、これ以上ないくらいストレスになるに違いない。交尾期に相手を探すのも、雄犬の匂いを嗅いで、健康でたくましい、自分のパートナーに相応しい相手かどうかを判別しているのだろう。飼い主の皮膚癌を匂いの変化で気がついた犬の話をテレビで見たことがあるが、健康な雄犬を嗅ぎ分けてきた歴史がそんな犬の能力を作り上げてきたのだと思う。
そんなわけで愛犬には自由に匂いを嗅がせているのだ。そして、どうしても時間がない時には、説得するのだ。犬だって人間同様、妥協することを覚える。だから、「もう帰るぞ!」と声をかけると、「仕方ないなぁ。まだ情報不足だけど、まあ、帰ってやるか。」とばかりに、我が家への歩みを速めてくれたりするのだ。もちろん、全くいうことを聞いてくれない時も多々あるんだけどね。
こんな具合に、犬が私の生活に割り込んできた。というか、むしろ私の生活が犬を中心に回り始めたと言ってもいいくらいだ。朝の散歩はかみさんの出番だ。5時頃から散歩に出かけるので、私には到底無理で、散歩から帰ってくる6時頃に起きだして、戻ってきたスズの足を洗う係を引き受けている。そして朝飯をスズと一緒にすませ、仕事に行く。昼休みの1時間の間に家に戻りスズに餌をやって仕事に戻る。仕事が終わると概ね週の半分は残業をせずに帰って、犬と一緒に散歩に行く。週末は時間があればドッグランに行って、スズに広いスペースを自由に走り回ってもらう。こうした犬中心の暮らしは、ひとえにかみさんの考え方に由来するものだが、こうした暮らしが続いてくると、60年の歴史の中で今が一番犬のことがわかるようになっていることに気づかされる。今までは犬は番犬として飼いならそうと考えていたが、今では、犬は家族の一員となった。相手もたぶん私のことを認めてくれていると思うが、お互いに妥協するところは妥協して、かなりの部分はスズに譲って、私たちの暮らしが成り立っている。もちろんまだまだだけど、これからの暮らしの中で、もっと犬を知り、犬と分かり合えるようになる自信はある。犬との生活が、私に、日々の暮らしの新しい楽しさを教えてくれた。スズに感謝である。
私が社会に求めるのは自由。人は生まれながらにして自由を享受する権利がある。もちろん、その自由は誰かを抑圧することで得られるものであってはならない。そんな世の中になれば良いのになぁと思いながら、青い空を漂泊する白い雲に憧れている私なのです。
2019年1月17日木曜日
2018年8月17日金曜日
腸管出血性大腸菌に感染する
腸管出血性大腸菌感染症を発症した。その経験をまとめておく。
8月12日
21時頃 やけにガスが溜まり、腹が張る。何度も放屁する。
22時頃 ガスが溜まり腹が張るだけでなく腸がグルグル、キュルキュル動く
23時頃 軽い腹痛を伴うようになり、最初のトイレ。下痢が始まる。
3度ほどトイレに通い、手持ちの整腸薬を飲み、腹の張と腹痛を感じながら就寝
8月13日 朝食におにぎり。それ以降絶食。
6時頃 腹痛が強く、目が覚め、トイレに直行する。激しい下痢。整腸薬服用。
※ 30分~60分に1度くらいトイレに通う。
9時頃 下痢後、洋式便所の水がワインのような赤に染まる。血性の下痢が始まる。
※ 何度も血性の下痢があり病院受診の必要を実感する。
11時頃 岡山協立病院を受診(杉村先生) 36.7℃ 採血、補液の点滴、整腸薬
問診では、この1週間ほどの食事について聞かれる。四日前に、職員の懇親会で焼肉を食べに行っており、杉村先生の説は、その焼肉ではないかとのことだったが、確証があるわけではない。
痔主であることを告げたため、人生初めてのジギタール。どうやら痔の出血ではなく、やはり腸からの出血だ。腹部を触れられるとお腹の右側、縦のラインに痛みがある。「腸が腫れている」とのこと。結腸全体が腫れているようだが、上向結腸であろう右腹部の縦方向に痛みのラインがある。
「細菌性腸炎ですね。抗菌薬は症状を悪化させることもあるので、整腸剤を処方しますので、様子を見てください。下痢で体内の水分が出てしまうので、水分補給をしっかりやってください。今日は点滴をしておきましょう。血液検査、便検査もやっておきましょう。」
※ 受診後帰宅。毎食後整腸薬を服用。腹痛と血性の下痢が続く。トイレ回数10回以上。
8月14日 熱感があり体温を測るが36.8℃と平熱より少し高い程度。水分補給のみでは力が出ないので、24時間ぶりにおにぎりを食べる。持続的な腹痛、周期的に強い腹痛がやってくる。食べていないこともあり、今日は、ほぼ血液がそのまま出ているのではと思えるような濃赤色の水様便がでる。今日は、大腸全体が痛いし、自分で触っても固く腫れている。
15時頃、遅い昼食。素麺、ヒジキの炊いたの、金平ごぼう少々。食べたのが良かったのか、自然治癒力が攻勢に転じたのか、腹痛が多少和らいだような気がする。食欲も出てくる。今日のトイレ回数12回。
8月15日 血性の下痢が続いているが、仕事で面談が入っており出勤。断続的に腹痛がやってくるが昨日ほど痛みは強くない。水様便から泥状便に変化。今日から、食事は平常通り。腹部をおさえると大腸が腫れて痛みがあるのは変わらず。
16時頃 杉村先生から電話。「便検査で腸管出血性大腸菌が検出されました。」症状を問われ経過を報告。「軽快に向かっているようなのでそう心配しなくても良いけど、ベロ毒素で腎機能障害がおこることがあるので、明日、受診してください。」
拙い、出勤しなければよかったかと思ったが、すでに出勤してしまっている。どうしようと思ったが、スタッフに感染させてもいけないので、「私が触れたところを消毒してください。」と言い残して帰宅。途中、法人本部に連絡。
熱感が続いているが、体温は36.6℃。周期的な腹痛はあるものの、痛みと痛みの間はずいぶん楽になった。トイレ回数8回。
8月16日 泥状の血液混じりの便が続く。岡山協立病院の杉村先生受診。診察の前に採血。血液検査の結果は、出血しているので貧血気味ではあるが、不安だった腎機能は問題なし。「指定伝染病なので保健所に報告することになる。保健所から問い合わせがあるから応えてください。」と杉村先生。病院から帰宅途中に保健所から電話あり、保健所に行くことになる。
保健所では経過を聞かれ、食べたもののチェックを受け、勤務制限、家のトイレや洗面所などの消毒、職場のトイレの消毒、かみさんの便検査の勧告が出された。
あらためて施設に電話し、トレイを次亜塩素酸水で消毒すること、懇親会に参加した職員に同じような症状の職員がいないか確認するよう指示する。
下痢が治まって、二日続けて便検査でO-157が検出されなければ勤務制限が解除されるとのこと。来週半ばまでは出勤できそうにない。自分の触診でも大腸の腫れは続いており、押えると結構痛い。周期的にキリキリと痛みがやってくる。トイレ回数8回。
8月17日 軟便、肉眼的出血はなくなったが、まだ断続的に腹痛があり、完全復調にはもう少し時間が必要だ。大腸の腫れは治まっているようで固さを感じなくなったが、圧痛はある。周期的な腹痛もなくなってはいないが、痛みは軽い。トイレ回数5回(小便回数含まず)。小便でトイレに行くことがなかったが、本日、久しぶりに小便目的でトイレに行った。
町内のOさんと暑気払いの予定だったが、さすがに延期させていただいた。
8月18日 朝から来週の祭りの準備。軟便4回。ガスが溜って腹部膨満感あり、下腹部圧痛あるも、周期的な痛みはほぼなくなったかな。
8月19日 下腹部の圧痛は治まるが、まだガスが溜まり、放屁ばかりしている。その他腹部症状はなくなり、ほぼ寛解した。明日から二日連続検便で、菌(-)ならば業務制限が解除される。
8月20日、21日と検便提出。
O-157、ニュースで時々感染が報道されるが、あまり実感がないまま過ごしてきた。それが今回自分が感染することになったので、少々、驚き、いまさらながらに他人ごとではなかったのだと思い知ることになった。
牛肉、豚肉からの感染だけでなく、最近では野菜などからも検出されているそうで、保健所ではこの二週間ほどの間に食べた物の確認作業が行われた。
思い起こせば、O-157の名前を有名にしたのは1996年邑久町の学校給食でO-157床中毒事件が起こり、マスコミがそれを報道したことでO-157という名前が認知されるようになった。当時、常在菌である大腸菌から細菌兵器を開発しようとして作り出されたのがO-157だという細菌兵器説がまことしやかに囁かれたのを思い出したが、すぐに無くなったところを見ると単なる巷間流説であったのだろう。
下痢、しかも血性の下痢をみると驚くし、それだけで悪い病気に罹ったような気になるが、病と闘う自然治癒力は持っておきたい。そのためにどうするか、食生活や定期的な有酸素運動など普段の暮らしを見直し、病原菌に対抗できる体力を維持・増進したいものだ。病気は、普段の暮らしを見直すきっかけにもなるので、必ずしも悪いことばかりではないなと思っている。
8月12日
21時頃 やけにガスが溜まり、腹が張る。何度も放屁する。
22時頃 ガスが溜まり腹が張るだけでなく腸がグルグル、キュルキュル動く
23時頃 軽い腹痛を伴うようになり、最初のトイレ。下痢が始まる。
3度ほどトイレに通い、手持ちの整腸薬を飲み、腹の張と腹痛を感じながら就寝
8月13日 朝食におにぎり。それ以降絶食。
6時頃 腹痛が強く、目が覚め、トイレに直行する。激しい下痢。整腸薬服用。
※ 30分~60分に1度くらいトイレに通う。
9時頃 下痢後、洋式便所の水がワインのような赤に染まる。血性の下痢が始まる。
※ 何度も血性の下痢があり病院受診の必要を実感する。
11時頃 岡山協立病院を受診(杉村先生) 36.7℃ 採血、補液の点滴、整腸薬
問診では、この1週間ほどの食事について聞かれる。四日前に、職員の懇親会で焼肉を食べに行っており、杉村先生の説は、その焼肉ではないかとのことだったが、確証があるわけではない。
痔主であることを告げたため、人生初めてのジギタール。どうやら痔の出血ではなく、やはり腸からの出血だ。腹部を触れられるとお腹の右側、縦のラインに痛みがある。「腸が腫れている」とのこと。結腸全体が腫れているようだが、上向結腸であろう右腹部の縦方向に痛みのラインがある。
「細菌性腸炎ですね。抗菌薬は症状を悪化させることもあるので、整腸剤を処方しますので、様子を見てください。下痢で体内の水分が出てしまうので、水分補給をしっかりやってください。今日は点滴をしておきましょう。血液検査、便検査もやっておきましょう。」
※ 受診後帰宅。毎食後整腸薬を服用。腹痛と血性の下痢が続く。トイレ回数10回以上。
8月14日 熱感があり体温を測るが36.8℃と平熱より少し高い程度。水分補給のみでは力が出ないので、24時間ぶりにおにぎりを食べる。持続的な腹痛、周期的に強い腹痛がやってくる。食べていないこともあり、今日は、ほぼ血液がそのまま出ているのではと思えるような濃赤色の水様便がでる。今日は、大腸全体が痛いし、自分で触っても固く腫れている。
15時頃、遅い昼食。素麺、ヒジキの炊いたの、金平ごぼう少々。食べたのが良かったのか、自然治癒力が攻勢に転じたのか、腹痛が多少和らいだような気がする。食欲も出てくる。今日のトイレ回数12回。
8月15日 血性の下痢が続いているが、仕事で面談が入っており出勤。断続的に腹痛がやってくるが昨日ほど痛みは強くない。水様便から泥状便に変化。今日から、食事は平常通り。腹部をおさえると大腸が腫れて痛みがあるのは変わらず。
16時頃 杉村先生から電話。「便検査で腸管出血性大腸菌が検出されました。」症状を問われ経過を報告。「軽快に向かっているようなのでそう心配しなくても良いけど、ベロ毒素で腎機能障害がおこることがあるので、明日、受診してください。」
拙い、出勤しなければよかったかと思ったが、すでに出勤してしまっている。どうしようと思ったが、スタッフに感染させてもいけないので、「私が触れたところを消毒してください。」と言い残して帰宅。途中、法人本部に連絡。
熱感が続いているが、体温は36.6℃。周期的な腹痛はあるものの、痛みと痛みの間はずいぶん楽になった。トイレ回数8回。
8月16日 泥状の血液混じりの便が続く。岡山協立病院の杉村先生受診。診察の前に採血。血液検査の結果は、出血しているので貧血気味ではあるが、不安だった腎機能は問題なし。「指定伝染病なので保健所に報告することになる。保健所から問い合わせがあるから応えてください。」と杉村先生。病院から帰宅途中に保健所から電話あり、保健所に行くことになる。
保健所では経過を聞かれ、食べたもののチェックを受け、勤務制限、家のトイレや洗面所などの消毒、職場のトイレの消毒、かみさんの便検査の勧告が出された。
あらためて施設に電話し、トレイを次亜塩素酸水で消毒すること、懇親会に参加した職員に同じような症状の職員がいないか確認するよう指示する。
下痢が治まって、二日続けて便検査でO-157が検出されなければ勤務制限が解除されるとのこと。来週半ばまでは出勤できそうにない。自分の触診でも大腸の腫れは続いており、押えると結構痛い。周期的にキリキリと痛みがやってくる。トイレ回数8回。
8月17日 軟便、肉眼的出血はなくなったが、まだ断続的に腹痛があり、完全復調にはもう少し時間が必要だ。大腸の腫れは治まっているようで固さを感じなくなったが、圧痛はある。周期的な腹痛もなくなってはいないが、痛みは軽い。トイレ回数5回(小便回数含まず)。小便でトイレに行くことがなかったが、本日、久しぶりに小便目的でトイレに行った。
町内のOさんと暑気払いの予定だったが、さすがに延期させていただいた。
8月18日 朝から来週の祭りの準備。軟便4回。ガスが溜って腹部膨満感あり、下腹部圧痛あるも、周期的な痛みはほぼなくなったかな。
8月19日 下腹部の圧痛は治まるが、まだガスが溜まり、放屁ばかりしている。その他腹部症状はなくなり、ほぼ寛解した。明日から二日連続検便で、菌(-)ならば業務制限が解除される。
8月20日、21日と検便提出。
O-157、ニュースで時々感染が報道されるが、あまり実感がないまま過ごしてきた。それが今回自分が感染することになったので、少々、驚き、いまさらながらに他人ごとではなかったのだと思い知ることになった。
牛肉、豚肉からの感染だけでなく、最近では野菜などからも検出されているそうで、保健所ではこの二週間ほどの間に食べた物の確認作業が行われた。
思い起こせば、O-157の名前を有名にしたのは1996年邑久町の学校給食でO-157床中毒事件が起こり、マスコミがそれを報道したことでO-157という名前が認知されるようになった。当時、常在菌である大腸菌から細菌兵器を開発しようとして作り出されたのがO-157だという細菌兵器説がまことしやかに囁かれたのを思い出したが、すぐに無くなったところを見ると単なる巷間流説であったのだろう。
下痢、しかも血性の下痢をみると驚くし、それだけで悪い病気に罹ったような気になるが、病と闘う自然治癒力は持っておきたい。そのためにどうするか、食生活や定期的な有酸素運動など普段の暮らしを見直し、病原菌に対抗できる体力を維持・増進したいものだ。病気は、普段の暮らしを見直すきっかけにもなるので、必ずしも悪いことばかりではないなと思っている。
2018年7月25日水曜日
大飯原発をとめろ
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| 2018年7月8日付 しんぶん赤旗 |
関西電力・大飯原発の運転差し止めを求めた住民訴訟で、名古屋高裁は原発の稼働差し止めを認めた一審判決を取消しました。
あらためて、福井地裁の判決がどのようなものだったのかを振り返っておきたいと思います。以下は、メールマガジン「オルタ広場」からの引用です。
1.人格権
人格権は憲法上の権利、人の生命を基礎とする。わが国の法制下でこれを超える価値を見いだすことはできない。
2.福島原発事故
原子力委員会委員長は福島第1原発から250キロ圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討し、チェルノブイリ事故でも同様の規模に及んだ。
ウクライナ、ベラルーシで今も避難が続く事実は、放射性物質のもたらす健康被害についての楽観的な見方、避難区域は最小限のもので足りるという見解の正当性に重大な疑問を投げかける。250キロは緊急時に想定された数字だが過大と判断できない。
3.本件原発に求められる安全性
(1)原子力発電所に求められる安全性
原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然である。
原子力技術の危険性の本質、そのもたらす被害の大きさは福島原発事故により、十分に明らかになった。このような事態を招く具体的な危険性が万が一でもあるのかが判断の対象である。福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しい。
(2)原子炉等規制法に基づく審査との関係
4の考えは、人格権と条理によって導かれる。原子炉等規制法などの行政法規のあり方、内容によって左右されない。新規制基準の対象となっている事項についても、基準への適合性や規制委員会による基準適合性審査の適否という観点からではなく、3(1)の理にもとづいて裁判所の判断が及ぼされるべきである。
4 原子力発電所の特性
原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大で、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならない。その間、何時間か電源が失われるだけで事故につながり、事故は時の経過に従って拡大する。これは原子力発電に内在する本質的な危険である。施設の損傷に結びつく地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込めるという三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。福島原発事故では冷やすことができず放射性物質が外部に放出された。本件原発には地震の際の冷やす機能、閉じ込める構造に次の欠陥がある。
5 冷却機能の維持
(1)ストレステストのクリフエッジを超える可能性を認めた。
1260ガルを超える地震では冷却システムが崩壊し、メルトダウンに結びつくことは被告も認めている。ストレステストの基準とされた1260ガルを超える地震も起こりうると判断した。わが国の地震学会は大規模な地震の発生を一度も予知できていない。
地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ない、地震は太古の昔から存在するが、正確な記録は近時のものに限られ、頼るべき過去のデーターはきわめて限られていることを指摘した。
(2)700ガルを超えて1260ガルに至らない地震について、過酷事故につながる危険がある。
① 被告は、700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震への対応策があり、大事故に至らないと主張する。被告はイベントツリーを策定してその対策をとれば安全としているが、イベントツリーによる対策が有効であることは論証されていない。
事態が深刻であるほど、混乱と焦燥の中で従業員に適切、迅速な措置を取ることは求めることができない。地震は従業員が少なくなる夜も昼と同じ確率で起き、人員の数や指揮命令系統の中心の所長がいるかいないかが大きな意味を持つことは明白だ。
また対応策を取るには、どんな事態が起きているか把握することが前提だが、その把握は困難だ。福島原発事故でも地震がどんな損傷をもたらしたかの確定には至っていない。現場に立ち入ることができず、原因は確定できない可能性が高い。
仮にいかなる事態が起きているか把握できたとしても、全交流電源喪失から炉心損傷開始までは5時間余りで、そこからメルトダウン開始まで2時間もないなど残された時間は限られている。
地震で複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり、故障したりすることも当然考えられ、防御設備が複数あることは安全性を大きく高めるものではない。 原発に通ずる道路は限られ、施設外部からの支援も期待できない。
② (基準地震動の信頼性)
従来と同様の手法によって策定された基準地震動では、これを超える地震動が発生する危険があるとし、とりわけ、4つの原発に5回にわたり想定した基準地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実を重視した。このような誤りが重ねられた理由は学術的に解明されるべきだが、裁判所が立ち入る必要はない。
これらの事例は「地震という自然の前における人間の能力の見解を示すもの」というほかない。基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しである。
③(安全余裕について)
被告は安全余裕があり基準地震動を超えても重要な設備の安全は確保できるとしたが、判決は、基準を超えれば設備の安全は確保できない、とした。過去に基準地震動を超えても耐えられた例があるとしても、今後基準を超えたときに施設が損傷しないことを根拠づけるものではない。
(3)700ガルを超えない地震について
地震における外部電源の喪失や主給水の遮断が、700ガルを超えない基準地震動以下の地震動によって生じ得ることに争いがない。しかし、外部電源と主給水が同時に失われれば、限られた手段が効を奏さなければ大事故となる。
補助給水には限界があり、㈰主蒸気逃し弁による熱放出、㈪充てん系によるホウ酸の添加、㈫余熱除去系による冷却のうち、一つでも失敗すれば、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展する。
主給水系が安全上重要でないという被告の主張は理解に苦しむ。
6 閉じ込め機能(使用済み核燃料の危険性)
使用済み核燃料は原子炉格納容器の外の建屋内にある使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれている。本数は千本を超えるが、プールから放射性物質が漏れた時、敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。
福島原発事故で、4号機のプールに納められた使用済み核燃料が危機的状態に陥り、この危険性ゆえ避難計画が検討された。原子力委員会委員長の被害想定で、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのはプールからの放射能汚染だ。使用済み核燃料は外部からの不測の事態に対し、堅固に防御を固めて初めて万全の措置といえる。
大飯原発では、全交流電源喪失から3日たたずしてプールの冠水状態を維持できなくなる危機的状況に陥る。そのようなものが、堅固な設備に閉じ込められないまま、むき出しに近い状態になっている。国民の安全が優先されるべきであるとの見識に立たず、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている。
7 本件原発の現在の安全性
人格権を放射性物質の危険から守るとの観点からみると、安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しの下に初めて成り立つ脆弱(ぜいじゃく)なものと認めざるを得ない。
8 原告らのその余の主張
さまざまな違法理由や環境権に基づく主張、高レベル放射性廃棄物の問題などについては、判断の必要がない。幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について裁判所に判断する資格が与えられているか、疑問である。
9 被告のその余の主張について
被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の損失だ。
被告は、原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが、福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染であり、原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。
この判決は、東京電力福一原発のシビアアクシデントを真正面から見据えた判決として優れた判決だったと思います。その判決をひっくり返したのが、名古屋高裁金沢支部の今回の判決でした。許しがたいのは、内藤裁判長が原発の廃止・禁止について「判断は司法の役割を超え……」と司法としての判断をしなかったことです。司法の役割を自ら放棄し、住民の権利を奪う判決を出したことは、司法にとって自殺行為でしょう。非常に残念です。
2018年7月14日土曜日
大地震の危険性急上昇
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| 2018年6月27日付 しんぶん赤旗 |
政府の地震調査委員会は、6月26日に2018年版全国地震動予測地図を公表しました。それによると今後30年以内に震度6以上の揺れが起こる確率は、昨年12月公表の千島海溝沿い巨大地震の長期評価を受け、北海道東部で大幅に上昇しています。また、南海トラフ地震の発生が近づいていると予測される関東から四国の太平洋側は微増が続きました。
この赤いゾーンにどれだけの原発があるのか、恐ろしくてただちに全原発を廃炉にしたくなるのは私だけではないと思います。
どうみても地震対策が進んでいる余には見えないところが多く、そういう意味でも、国のお金の使い方は間違っているという思いを強くします。日本の軍事費はついに5兆円を突破しました。10兆円まで増やすという意見もあるようですが、朝鮮半島の脅威がなくなろうとしている今、軍事費に財政を投入する必要性は格段に低くなったと思います。軍事費を大きく削って、この大地震が発生する確率の高い赤いゾーンの地震対策に思い切って国の財政を投入して、地震や津波による被害を最小限に抑えるための備えをするべきです。
それこそが国民の願いであり、国民の願いにこたえることが政治の第一義的な使命ではないでしょうか。もっとも、今の安倍内閣にそれができるのかといえば、どうみてもできそうもないという、国民にとっては深刻な事態が進行しているということではありますが・・・。
2018年6月9日土曜日
台風の速度低下
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| 2018年6月7日付 しんぶん赤旗 |
台風やハリケーンなど発達した熱帯低気圧の速度がこの70年ほどの間に大幅に低下していることがわかりました。台風の移動速度が遅い場合、台風のルート上にある地域の降水量が増加することになり、水害の発生や強風によって大きな被害を生むことにつながります。
アメリカ海洋大気局(NOAA)で天候の研究を行っているジェームズ・コーシン博士が、7日付の科学誌「ネイチャー」に発表したもの。研究チームによると、地球上の熱帯低気圧の移動速度が1949年~2016年にかけて約10%減速しているとのことです。
コーシン氏らの研究チームは、熱帯低気圧の移動速度が低下している理由について、地球の気候変動が原因であると指摘します。実際、地球温暖化の影響により極の大気が暖かくなっており、熱帯との気圧差が徐々に小さくなってきています。この結果、熱帯から極に向かって流れる風が弱まり、熱帯低気圧の移動速度を減速させているということです。
また、温暖化によって大気が暖かくなることは、空気中に含まれる水分量も多くなることを意味しており、雨量の増加にもつながります。このため、熱帯低気圧が10%遅くなるだけであっても、実際の雨量は2倍に増える可能性があるとしています。
このブログでは、温暖化関連の記事を見つけるたびに取り上げていますが、その頻度が増えており、しかも影響の表れ方は、単に天候の変化にとどまらず、漁業や農業への影響をはじめ、人々の暮らしに直接影響を与えるようになっています。「我が亡き後に洪水よ来たれ」という資本主義の利潤追求一本やりのやり方では、地球と人類の共生関係が維持できなくなりつつあることに、もう気がつかないといけません。そうでなければ人類はこの地上で生きていけない状況に追い込まれてしまう、そんな危機感を感じている私なのでした。
東電柏崎刈羽原発 液状化の恐れ
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| 2018年6月6日付 しんぶん赤旗 |
原子力規制委員会は12月27日、東京電力柏崎刈羽原子力発電所6、7号機(新潟県)の安全審査の合格証にあたる「審査書」を正式決定しました。東電福島第1原発事故後に定められた新規制基準に、東電の原発が合格したのは初めてのことです。また、福島第1原発と同じ沸騰水型の合格も震災後初となります。
再稼働には地元同意などの手続きが残っており、まさに今、新潟県知事選挙が闘われているが、この結果によっては再稼働を許すことになってしまうわけです。
ところが、今年2月になって、東京電力は、6、7号機の重要施設であるフィルターベントの基礎やガスタービン発電機の基礎、さらに原子炉の冷却水のための水を取り込む取水路が地震時の液状化で損傷する可能性があるとして、補強工事を行う方針を発表しました。特に、フィルターベントは重大事故が起きた時に、原子炉格納容器の圧力を逃がすための設備で、機能を失えば深刻な事態につながります(下図参照)。
| 出典:原子力規制委員会 |
原子力規制委員会の更田委員長は、5月の定例会見で「許可前の審査会合の資料ですでに液状化については触れられ、液状化の可能性があれば対策を取ります、とある。」と述べ、許可後にわかったことではないと説明し、問題はないとしています。
しかし、それで良いのでしょうか?再稼働を認める判断として、フィルターベントの基礎が地震による液状化で問題が生ずる可能性があることを知っていて、安全審査に合格を出しているわけです。これでは杜撰な審査だと批判されても仕方ないでしょう。
フィルターベントが機能しないと深刻な事故につながることは、福島第一原発で経験済みなわけですから、同じ過ちにつながる可能性があることを把握した以上、いったん安全審査に合格とした判断を撤回し、少なくとも、液状化対策が済んで問題ないことが確認できるまで、安全という判断をするべきではありません。
そもそも原子力発電所の再稼働ありきの安全審査となっていることが問題です。安全審査に合格を出すのならば、専門家や住民から疑問や批判が出ない程度にまで詳細に検討するという姿勢を見せなければ、再稼働反対の意見もある中での原発の再稼働は、そう簡単なことではないはずです。
だからこそ、今争われている新潟県知事選挙で、きっぱりと原子力発電所の再稼働に反対する池田ちかこ候補に頑張ってもらわないといけません。
温暖化の足音
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| 2018年6月3日付 しんぶん赤旗 |
気象庁が発表した2018年(平成30年)春(3月~5月)の天候の特徴は以下のとおりです。
〇 全国的に気温がかなり高く、東日本では記録的な高温
期間を通して暖かい空気に覆われやすかったため、全国的に気温の高い状態が概ね持続し、平均気温はかなり高かった。特に東日本の平年差は+2.0℃で、春としては統計を開始した1946年以降では1位の高温となった。
〇 降水量は北・東・西日本で多く、沖縄・奄美でかなり少なかった
低気圧の通過時に、南から湿った空気が流れ込みやすかったため、北・東・西日本では降水量が多く、北・東日本日本海側ではかなり多かった。一方、沖縄・奄美では、湿った空気や低気圧の影響を受けにくかったため、かなり少なかった。
| 出典:気象庁発表資料 |
〇 日照時間は東日本太平洋側と西日本、沖縄・奄美でかなり多かった
東日本太平洋側と西日本、沖縄・奄美では高気圧に覆われやすく、晴れた日が多かったため、日照時間がかなり多かった。
| 出典:気象庁発表資料 |
地球表面の大気や海洋の平均温度は「地球の平均気温」または「地上平均気温」と呼ばれ、地球全体の気候の変化を表す指標として用いられています。19世紀から始まった科学的な気温の観測をもとに統計が取られているわけですが、地球の平均気温は1906年から2005年の100年間で0.74℃(誤差は±0.18°C)上昇しており、長期的に上昇傾向にある事は「疑う余地が無い」と評価されています。上昇のペースは20世紀後半以降、加速する傾向が観測されていて、これに原因だと見られる、海水面(海面水位)の上昇や気象の変化が観測され、生態系や人類の活動への悪影響が出始めています。
確実に温暖化の足音が高くなってきています。今、何とかしないと手遅れになる・・・そんな恐怖をいつも感じているのですが、どうしたら地球上のすべての国で、温暖化防止で足並みをそろえることができるのか、難しい課題ですが、そこに向けて努力し続けることを止めるわけにはいきません。
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