2023年7月2日日曜日

手打ちうどん みのり

  岡山市中区桑野に「手打ちうどんみのり」がある。みのり農園さんがやっている手打ちうどんの店で、土曜日、日曜日の週二日のみ営業しているお店で、なかなか行きにくいうどん屋さんとして有名(?)なお店である。開店は11時で、13時30分閉店、日曜日は閉店時間が14時と30分遅いが、週にわずか5時間30分しか営業していないし、30食出たら売り切れ閉店となるので、開店時間を待って常連客が並んでいる。

 先週の土曜日、福祉有償運送の仕事で利用者さんを送った帰り、ちょっと回り道してお店の前を通ったら「営業中」の看板が出ていたので、いったん通り過ぎたのだがUターンして戻り、うどんをいただくことにした。

 メニューは「かけうどん」「ざるうどん」各800円、天婦羅が400円といたってシンプルだ。

 カウンターの粉かぶり席が空いていたのでそこに腰をおろし、暖かいうどんに野菜天婦羅をつけてもらうことにした。うどんの上に野菜の天婦羅がのって出てくると思っていたら、かけうどんとは別に大きな皿に野菜天婦羅11品が盛り付けられて出てきた。

 ズッキーニ、スティックセニョール、ナス、ニンジン、ジャガイモ、オクラ、シシトウ、ピーマン、タマネギ、インゲン、キュウリ、まず、天婦羅の種類の多さに驚いた。それにキュウリの天婦羅?とはてなマークがついたけど、おもしろ食感で意外にいけた。

 うどんにのせて食べても良いし、カウンターに塩が用意されているので、塩を振って食べてもいい。天婦羅の種類が多いので、とても全部をうどんにのせるわけにはいかないので、ナスとオクラ、ジャガイモをうどんにのせて野菜天婦羅うどんにして、他は、塩でいただいた。サクサクの天婦羅で、とてもおいしい天婦羅だった。ちょっとびっくりなのは、後から「何がいる?」とおかあさんが天婦羅をもってやってきて、追加の天婦羅をお皿にのせていくのだ。結局、15品天婦羅をいただいた。

 うどんは、コシのある歯触りの良いうどんで、そう、小麦の香りが良かった。出汁を取ったあとのコンプが細く刻まれてうどんの上にのせてあって、「昆布欲しかったら追加でのせてあげるからね~」とおかあさんから声がかかる。

 出汁は、そのコンプの旨味にカツオにイリコ、あとなんだろう・・・、おいしい出汁ですべて飲み干した。

 すっかり気に入って、翌週再訪し、今度は、野菜天婦羅ざるうどんをいただいた。ざるの上への盛り付けがちょっと雑な感じだが、かけうどんと違って、コシの強さがよくわかる。かけにはかけの、ざるにはざるのうまさがあって、大変気にいった。1200円はサラリーマンにとってちょっと高い昼餉となるが、山盛りのとても美味しい野菜天婦羅でお腹が満たされ、口福感にひたれるとなれば、週に1回くらい贅沢したくなる。そんなうどん屋だ。
 ちなみに、半玉追加はプラス150円、1玉追加はプラス300円でうどんの量を増やすことができる。

2023年6月25日日曜日

蝸牛

 毎日、スズさんと散歩している話は、前回書いた。百間川の堤防道路の町側の土手に、一本の枇杷の木が生えており、果実が食べ頃を迎えている。毎日ここを通るわけではないが、スズさんがこのルートを選んだ日は、枇杷の実を一つだけ採らせていだいて、そこで瑞々しい枇杷の実を味わっている。かみさんは他所の土地の枇杷を食べていいのか、と眉をひそめるのだが、公有地(?)に生えた枇杷の実の所有権は誰にあるのか?地域の住民みんなのものではないのか?誰にも採られることなく落果し、駄目になる実もたくさんあるのに、歩道に張り出した枝の小さな果実を、せいぜいワンシーズンに4つほどいただくことが罪に問われる気がしない。

 今日は、先客がいた。枇杷の木の葉から隣の葉に移動しようと目いっぱい伸びをしている蝸牛だ。蝸牛は移動能力はけっして高いとは言えない。山脈を乗り越えたり、乾燥地を渡るなんてことはできそうもないから、地域ごとに種分化が起こりやすい。したがって殻の模様は地域によってかなり異なり、筋の色が濃いのや殻に表れる模様や全体的な色合いなど、かなり違っている。小学生のころ、学校の先生から右巻きと左巻きの蝸牛がいるという話を聞いて、村中の蝸牛を捕って歩いたことがあって、その時に、同じ蝸牛でも見た目はかなり異なることを発見した。そして、圧倒的に右巻きの蝸牛が多く、左巻きの蝸牛はごく稀にしかいなかった。

 私は、蝸牛が好きだ。けっして早くはないが、滑らかにすべるようにゆっくりと進んでいく姿は見ていて飽きない。葉から葉へ移ろうとしている姿に見とれていたら、スズさんに引っ張られて我に返った。慌てて一枚だけ写真を撮って、「ごめん、ごめん。つい、蝸牛にみとれちゃった」となぜかスズさんに言い訳して、散歩に戻ったのだった。

 
 

2023年6月17日土曜日

スズさん

 スズさんが我が家にやってきたのはもう5年ほど前のことになる。そのころ一度ブログに書いたことがあるが、写真を載せるのは初めてである。写真を撮っている私の背後から誰かが近づいてくるのを、スズさんの大好きなかみさんではないかと覗き込んでいるのである。犬と暮らして気づいたことがある。

 意外に目は良くない。かみさんと見間違って、よその誰かさんを追いかけようとして、猛烈にダッシュすることがよくある。体重23kgのスズさんが猛ダッシュするとかなりの圧力で引っ張られることになり、ぎっくり腰になりそうだったり、リードとの摩擦で手に擦り傷ができるなんてことが起こる。良い加減に見間違えるのを止めてほしいと思うのだが、一向に改善しない。

 耳は良い。かなり遠くからでも声は聞こえるようで、良く反応する。ただし、嫌いな音も多くて、バリバリというバイクの爆音は嫌いで、遠くの方から聞こえる音でも耳をそばだてて、近づいてくるのか遠ざかっていくのか聞き分けようとしている。買い物用のポリ袋が擦れ合うカシャカシャという音も嫌い。それに太鼓の音、これは近くの公会堂で毎週木曜日の夕方、近所の子どもたちが集まって太鼓の練習をしているのだけれど、いつもはこの公会堂の前を通るコースで散歩に出かけるのだが、太鼓の音が聞こえると公会堂とは反対の方向に歩いていく。なによりも花火の音は大嫌いで、初めて花火に出くわした時には、その時リードを持っていたかみさんを猛烈な勢いで引っ張りながら逃げ出し、かみさんが必死にリードをもって走ってついていく姿がコミカルであった。この時は、かみさんと一緒に逃げ回っていたようで30分以上戻ってこなかった。

 鼻はよく利く。というか、いつもクンクンと匂いを嗅ぎまわっている。散歩に出ても、クンクンと嗅ぎまわるのに忙しくて、歩くペースは一向に上がらない。数百メートルを進むのに20分ほどかかるなんてこともしょっちゅうである。

 見ての通りの長毛犬種なので暑いのは苦手で、夏場の散歩はアスファルトが熱すぎて肉球を火傷してもいけないので、日が沈むころに散歩に出かける。家の中も暑くなるので24時間エアコンは回りっぱなしということになる。逆に寒い日は大好きで、朝は暗いうちから散歩に出、夕方も、明るいうちから散歩に行きたがる。そうはいっても仕事をしているので、スズさんの希望通りにいかない日も多いが、なんだかんだ言いながらスズさんに合わせて朝はかみさん、夕方は私がメインで散歩に連れて行っている。そのため私は毎日概ね1万歩は歩いており、ここのところの健康は、スズさんとの散歩によるところが大きい。

 自慢でもないが、今現在、特に医療の力を借りなくても、曲がりなりにも日々健康で暮らしている。もちろん、かつてアスリートのころ発症した脊椎分離症で腰痛持ちだし、左ひざの靭帯損傷があって長時間歩くと膝が重く感じ痛みもするが、仕事もスズさんの散歩もそれなりに楽しくやっている。これはもうスズさんに感謝である。

残るか、辞めるか、それが問題だ

  久しぶりにブログを更新する気になった。

 SNSはツイッターにインスタグラムがメインで、インスタグラムの投稿はフェイスブックにも表示されるようになっていて、もっぱらその二つへの投稿で何となく手いっぱいだったのだけれど、先月65歳になって役職定年を迎え施設長の任務を自ら解くことにしたので、何となく心に余裕が生まれた。140文字のツイッターならそんなに気張らなくても書けるし、インスタグラムは写真にキャプションつけてアップロードするだけだけど、ブログに少しまとまった文章を書こうとすると、テーマを考えて、何を書くか全体の構成を考えなければならない。心の余裕がないと書けない、というわけだ。

 もっかの問題意識は、来年の3月で定年を迎えるわけだが、その先をどうするかということだ。うちの事業所の就業規則(私が作ったものだが)では、65歳を迎えた年度末をもって定年とする定めとなっているのだが、本人が希望し事業所が必要とすれば再雇用で仕事を続けることができるようになっている。そこで、さてどうしよう、となる。

 私は、「生涯現役、生涯青春」を座右の銘としており、65歳で楽隠居を決め込む気は更々ない。私が残りたいと言えば、今の職場からは、おそらく残って欲しいと乞われるだろうが、法人がそれを承認するかどうか。私は、法人のやっていることに批判的だったし、その批判的な意見を比較的はっきりと発言してきた経過がある。事務局長などは、決して心よく思っていないはずなのだ。しかし、私の担当分野に強い職員が法人本部にはいないので、顔は見たくないし残って欲しくもないが他にやれる人がいないので、辞められても困ることになるかもしれない、大方、事務局長の考えているのはそんなことだろう。そんな法人の考えも透けて見える中で、私自身が残りたいかどうかだが、正直、今の法人に未来はないと思っている私がいて、私にできることは何もないのだから、次のステージに進むべきだと思う反面、今の職場である保育園に通ってくる子どもたちの顔を思い浮かべると、あと数年務めて、この子たちが小学校に進学するのを見届けてからでも遅くはないという考えが心に浮かんでくる。悩ましいところだ。

 私は、長く日本酒と付き合ってきた。単に日本酒が好きで、飲んできたということにとどまらず、日本酒を呑む様々な行事や企画を立案したり参加したりしてきた。「酒は百薬の長」という言葉ある一方で、適量を超えると害があると言われてきたが、2018年にワシントン大学医学部のエマニュエラ・ガキドウ教授のグループが中心になり、アルコールの世界への影響を調査した結果をまとめた論文が発表された。1990~2016年に発表された、195カ国からのデータが掲載された約600の治験論文を集めて分析を行った結果、僅かな飲酒でも健康にとっては「有害」という結論が導き出されたということだった。適度な飲酒はごくわずかに心臓を保護するかもしれないが、がんやその他の病気を引き起こすリスクを高めるので、そのわずかな利益も相殺されてしまうというのだ。適度な飲酒とは日本酒1合程度ということになる。それは承知の上で、それでも日本酒という日本の伝統的な酒文化はやっぱり守りたいし、日本酒という文化を守ることにつながる仕事を考えたいというのが私の本音ではある。

 それに、私の古い友人が建設業を営む会社を経営していて、細君が運営する介護事業所を所有しているのだが、その介護事業所を分社化したいので、定年したらうちにきて分社化を完成させ、新たな介護事業を企画し具体化してほしいと頼まれている。古くい友人で、色々と世話になってきたこともあるので、何とかしてやりたいという気持ちになっている。

 そうしたことが重なって、さてどうしたものかと思案しているところなのだ。「残るか、辞めるか」それが問題だ。なんだかハムレットみたいだなという考えが湧いてきて、思わず笑っている自分に気がついて、ちょっと驚いた。

 まだ時間はある。もう少し悩むことを楽しむことにする。

2022年1月15日土曜日

ソーシャルネットワーク

  私は、人並みに、インスタグラム、フェイスブック、ツイッターなどのSNSを利用している。今日やったことから、政治的な発言までそれこそ雑多な情報を書き込んでいる。昨年の衆議院議員選挙の時など、SNSの書き込みだけ見ていると、まるで政権交代が実現するかのような気分に浸っていた。しかし、ふたを開けてみれば、またもや自民党の圧勝である。そして、その後は、何とか野党共闘に成果があったかのように見せたい様々な書き込みを読んだ。

 でもね、負けは負けですよ。自民党に過半数とられてしまったんだから。そもそも二大政党制にするのだとかいいながら小選挙区制を導入された時点で将来が決まってしまった。与党が圧倒的に有利なんですよ。個よりも集団を優先する国民性、長いものには巻かれろ的な日本人的感覚がそうさせるのですよ。2割ほどの得票で過半数の議席を占めるわけだから、自民党からすればこの選挙制度はやめられない。現状を打開するためには今の選挙制度の下で政権交代を成し遂げなければならないわけですが、その難しさを痛感した選挙だったのではないでしょうかね。

 私は、今回の選挙では野党統一候補に投票しましたよ。何とかなるのではないかと本気で思ったから・・・。私の選挙区では津村さんでしたが、負けちゃいました。一度、津村さんの演説を聞きに行きましたが、私、これは勝てないなと思いました。なぜかといえば、保守が強い、自民党が強い岡山で(それは全国どこでも似たようなもんなんですけどね・・・)、自民党支持者に気を使ったのか、自民党の政策を評価する場面があったんですね。でもね、それならば津村さんじゃなくて、自民党でいいじゃないかとなるんですよ。ぼろくそにこき下ろすのはいかがなものかとは思いますが、ちゃんと正面から自民党のやってきたことを国民の目線で評価し、批判されるべき問題を抉り出して、自民党の山下さんとの違いを鮮明にするような街頭演説にするべきだったんです。そうすれば津村さんの良さが際立ったと思うんです。あの津村さんの演説では、山下さんとの違いが良くわからない。ならば山下さんに投票しておこうかということになってしまうわけです。私が選対メンバーに入っていたなら、街頭演説の原稿に手を入れたのは間違いありません。

 それぞれ負けた要因は地域ごとに違うとは思いますが、今回の選挙、勝てる可能性があっただけに、残念な選挙戦にしてしまったなぁというのが私の印象でした。

 話は元に戻ってSNSの話ですが、ツイッターにしろフェイスブックにしろ、同じような価値観の人をフォローし、友達になっているので、その間では、まるで政権交代が確実に起こるような意見の交換が行われるわけです。言いたいことを言って、「良いね」ってしてもらって良い気分なわけです。でもそこはバーチャルな世界であって、現実の私たちが生きて活動している社会ではない。何となく精神的な満足感に浸ってしまうので、開票結果を見たときのギャップの大きさに驚くわけです。いい加減にこういうの止めないといけないと思うんですね。

 私自身も、インターネット時代の選挙の在り方云々といった議論にのってしまって、ネットで一生懸命つぶやきました。でももう止めます。私は、私の活動しているフィールド(社会福祉の現場)で、国民の利益のために働き、利用者の権利を守ることにこだわって、行政に働きかけ、対応できるサービスが無ければ仕事をおこしたりしながら、権利としての社会福祉を守り発展させていく努力を続ける・・・それしかないなというのが結論です。もちろん政治を動かすことも必要なわけだけど、与党だとか野党だとかではなく、この問題を解決してくれる政治家は誰なのかというスタンスで動いていこうと思っているんです。それが自民党の政治家でも良いじゃないかという考え方です。そうやって現実にある福祉課題を政治の仕組みも整備しながら解決していく・・・それが私の今考える世の中の作り方です。

 政治は政治家にまかせる。政治家は上手く使う。自民党の政治家でも、国民の立場で活躍してくれる政治家に育てる。そんな視点が必要なのでしょうね。

2019年9月15日日曜日

統一地方選挙

 今年は、四年に一度のオリンピック・・・ならぬ統一地方選挙の年。加えて、夏には参議院選挙がある。さらに、もしかしたら衆参同日選挙になるのではないかというような話まで出ているようなので、まさに選挙イヤーである。
 興味深い選挙がいくつかあったが、私が一番関心を持っていたのは、他でもない衆議院沖縄三区である。自民党・安倍総理が推した島尻安伊子(元沖縄・北方担当大臣)氏と玉城知事が支援した元沖縄タイムス論説委員の屋良朝博氏の一騎打ちだ。なんせ元沖縄担当大臣なのだから安倍内閣総力を挙げて選挙戦を勝利し、普天間基地の辺野古移設への国民の信を得たことにしたかったに違いない。ところが今回も、辺野古移設反対が賛成を上回る結果となったのだ。辺野古移設反対の立場ながら支援した公明県本部の幹部は「辺野古で譲歩したことに有権者が厳しい審判を下したと受け止めている」と述べたとのことだが、何度も突き付けられる辺野古移設反対の沖縄の声を自民党・安倍内閣はきちんと受け止めなければならない。

 そしてもう一つが大阪府知事・大阪市長の選挙だ。大阪維新の会の松井代表が大阪知事を辞めて大阪市長に立候補し、同じく維新の大阪市長・吉村洋文氏が市長を辞めて大阪府知事選挙に立候補するという前代未聞の珍事がおこったのだ。否決された大阪都構想を再び蒸し返そうというわけだから、私には喜劇を通り越して悲劇にしか見えなかったのだが、驚くことに、吉村博文大阪府知事が誕生し、松井一郎大阪市長が生まれた。まさに悲劇への幕開けとなった。何でそうなった?良く分からないので、しばらく考えてみたい。

 私は、投票率が50%を下回るほど低かったから云々というような話はひとまず置いておき、それぞれの選挙区で有権者である民衆が、何故この結果を選んだのかということを考えてみなければならないと思っている。構成員の強固な組織で選挙戦を勝利する公明党、企業や地縁・血縁を支持基盤として選挙を闘う自民党、少数精鋭の党員を中心に組織戦を繰り広げる日本共産党・・・選挙というと何となくそんな風に見てきたような気がするが、この二つの選挙結果はそれでは説明がつかない。

 また、衆議院議員大阪12区でも維新の藤田文武さんが自民党公認候補を破って当選を果たし、野党統一候補と位置付けられて、いい勝負をするのではないかと思っていた宮本たけし氏が大きく差をつけられて4位という結果に驚いた人が多かった。勿論私も驚いた一人だった。

 これらの選挙から何がわかるのか・・・私の考えを整理しておきたいと思って書き始めたのだが、ずいぶん長いこと放っておいた結果、もう何を書こうとしていたのか忘れてしまった。続きはまたの機会にということで、いったん書き終えたことにしたい。

2019年3月9日土曜日

キーワードは協働化

 介護業界に身を置いていて私が考えていることは、インフラの整備から協働化へとシフトチェンジが求められているということだ。高齢者人口が増加を続ける局面では、特別養護老人ホームに入居を希望する人が供給をはるかに上回り、年単位で順番を待たなければならないというような問題が発生した。もちろんこれは、2000年に特別養護老人ホームへの入所を措置から契約に変更しておいたので、「待機者問題」ですんだわけで、措置制度のままだったら措置入所の先がないなどという事態は許されなかった。その意味では、公的責任を追及される前に、措置制度から契約制度に変えておこうという作戦は、見事にその役割を果たすことができたといえる。
 そしてさらに2015年に国がやったことは、それまで要介護認定されれば特養に入居可能だったものを、施設サービスは中重度者向けのサービスにするのだという理屈をつけて、要介護1、2の高齢者を施設サービスから締め出すことだった。この結果、いわゆる「待機者問題」はほぼ解消することができた。
 しかし、それでもまだこれからも高齢者人口は増え続ける。ではどうすればいいのか・・・。私の意見は、ありあまる日本の住宅を活用して、地域包括ケアシステムがいうところの住まいの問題を解決してしまえばいいということだ。国が借り上げるなり、買い取るなりして、高齢者の標準的な住まいを国が現物給付する仕組みを作る。もちろん、バリアフリー化するなどひと手間加えなければならないわけだが、それを公共事業でやればいい。世界の脱ダム化の動きに逆らってダムをつくったり、東京と大阪を地下鉄でつなぐようなリニア新幹線のような大型公共投資を見直して、こうした地域包括ケアシステムの基盤となる住まいの整備を公共事業でやるのだと考えれば、そんなに難しい話ではない。
 こうしてユニバーサルデザインの標準的な住まいを高齢者に現物給付する仕組みをつくれば、施設整備に係る予算は削減できるので、あとはその「我が家」での暮らしを支えるサービスを確保すればいいということになる。
 地域で暮らすということは、用水路の清掃、地域の祭り、昔からの伝統行事への参加など、それぞれの地域での役割、関係性が維持されなければならない。そこで、一人暮らし高齢者や高齢者のみ世帯には生活相談員を配置し、そうした地域行事への参加を含め、暮し丸ごとコーディネイトする。「電球が切れた」「水道が水漏れした」「ゴミ出しができない」「ペットの散歩ができなくなった」「お盆の前に墓掃除したい」「料理はできるが買い物に行けない」そうした暮らしの困りごとから、介護サービスの受け取り手になるのをできるだけ先延ばしするフレイル対策、介護が必要になった時の介護サービスの利用まで、それこそ暮し丸ごとどんなことにも対応する窓口として生活相談員がいて、そこを起点にしてあらゆるサービスが提供される。そうすれば、施設は必要ない。もちろん、効率を考えると施設に収容するというのは一つの選択肢として残すとしても、入所したらそこが終の棲家になるというような場ではなく、昔、農閑期に一定の期間湯治に行ったりしたようなイメージで、一定期間施設をうまく活用し、また地域に帰るという一時的な滞在場所にするべきだ。
 生活相談員がネットワークのハブの役割を果たし、そこから様々なサービスにネットワークがつながり、必要な時に、必要なだけ、必要なサービスが届くようになれば、地域にある我が家で暮らすことは不可能ではない。むしろその方が高齢者にとっては幸せというものだ。

 厚生労働省が地域包括ケアシステムで「我が事丸ごと」の地域共生社会づくりというようなことを言い始めているが、これまで見てきたことはまさに我が事丸ごとの地域共生社会の一つの在り方だ。

 いずれにしても、社会福祉法人や地域福祉を担うNPOや協同組合、ボランティア組織などがネットワークでつながり、協働して地域の高齢者一人ひとりを支援する仕組みをつくることが今後の課題となっている。これからの地域福祉を考えるときのキーワードは『協働化』だといっていい。

 ところが、社会福祉法人の多くは、そうした将来をみすえた事業活動に手が出せずにいる。なぜか?マンパワー不足に追われ、そこまで考えることができなくなっているように見える。しかし、それでは駄目なんだなぁ。そんなときだからこそ未来を見据えた長期戦略を持つことが必要なんだということに気づけなければ、残念なながらその法人に未来はないとい言っても良い。