介護事業に携わって3年が過ぎ、4年目に突入した。介護の仕事を通じて感じたことがある。それは、介護保険法ができる前、困難を抱えた患者さんのために、みんなで力を合わせていろんなことをやってきたなぁという実感とともに、介護保険ができて、何にもやらなくなったなぁという矛盾した気持ちがわいてくるってこと。
大学を卒業して名古屋の協同組合が経営する病院に就職したとき、困った人がいたら本当にいろんなことをやってきた。1970年代、名古屋市が革新自治体だった遺産が残っており、福祉事務所や保健所も随分現場に協力的だったと記憶している(もちろん、諸先輩の粘り強い闘いがあったことは大前提ですよ)。
それがどうだ。介護保険ができて20年が経ち、現場際で仕事をしていて聞こえてくるのは、「それは介護保険ではできないんですよ。」、「認められていないんですよ。」といった、「やらない」「できない」言い訳ばかりじゃないか。具体的にはこんな感じ・・・
Aさん「庭の草とりが大変なんで、部屋の掃除はいいから、庭の草取りをたのめんじゃろうか。」
ヘルパー「介護保険では、部屋の掃除はできるんだけど、庭の掃除はできないきまりなんですよ。」
Aさんの娘さん「お父さんの晩御飯の準備を頼んでいるんだけど、一緒にお母さんの分まで作ってもらえないでしょうか。」
ケアマネ「ヘルパーさんはあくまでお母さんのために調理するので、お父さんの分は作れないんですよ。」
Aさんの妻「今度の診察の日が父の月命日なんで、診察の帰りに墓参りに連れて行ってほしいんだけど頼めませんか?」
ケアマネ「一般的に墓参は介護保険の給付外になるんですよ。足元が不安定なら福祉用具を借りる手配等はできますが、どうしましょうねぇ。」
Aさんの妻「夫のお友達が訪ねてくるんですけど、お酒好きの方なので、ビールと日本酒を用意しておきたいんですが、食材の買い物ついでに買ってきてくれませんか?」
ケアマネ「お酒などのし好品の買い物はできない決まりなんですよ。」
とまあこんなやりとりを聞かされることが良くあります。もちろん、デイサービスの利用やショートステイなど問題なくケアプランに組み込まれていくんですけど、「(介護保険では)それはできません。」などと聞くと、介護保険制度により介護から疎外されている現実が目に余って仕方ありません。しかも、「それは利用者のニーズではなく、我が儘ですよ。」などといわれると、「体の不自由を抱え、日々の暮らしそのものが大奮闘の連続なのだから、あなたがいう『我が儘』だって何とかしてあげたら良いんじゃないの。」と反発したくなりますが、「法令違反で業務停止になったら、それこそ地域の皆さんにご迷惑をおかけすることになるんだから、制度は制度、法令順守は事業の大前提ですよ。」などといわれると反論もおぼつかないわけですよ。
介護が必要な時に、すぐに利用できるわけでもなく、初めてなら要介護認定を受けて、介護度が決まらないと介護保険サービスは使えませんし、65歳未満の年齢では特定の疾患以外では要介護認定を受けられませんし、介護度に応じて区分支給限度額基準があって、一人ひとりの状態にかかわらず、介護度によって受け取ることのできるサービスの総量が決められていて、その限度額を超えたら全額自費になってしまうし、そうした制限だらけの介護保険制度が憲法違反に思えて仕方ないんですよね。
とにかく、介護保険法によって介護から疎外される人が生まれているこの現実を何とかしないといけないと強く思っている今日この頃なんです。
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